エッセイ「師走の定期便」

木村聖徒
夜の街の挿絵

私は一昨年まで、宅配便の配達員をしていました。12月は配送業者にとり、お歳暮やクリスマス、歳末セールと一番の繁忙期です。

この時期の配達員にとってつらいのは、受取人が不在で受け取ってもらえないことです。私が配達を担当していたエリアの一軒に、毎月届ける荷物がありました。でも、そのお宅はどんな時間に訪れても明かりが点(つ)いておらず、真っ暗でした。

配達に到着した挿絵

立派な家で、駐車場には高級車が数台並んでいます。見るからに裕福で、何不自由ない家庭なのだと、私は勝手に想像していました。

ある年の12月、そのお宅への定期便を手に、「今日も不在だろう」と、半ばあきらめながら向かいました。

すると、家に明かりが点いていました。インターホンを鳴らすと、ご主人が出てこられました。「いつも不在にして、申し訳ない」と言われます。私は通常どおりに受領印をもらって、その場を立ち去ろうとしました。すると、「これね、妻の化粧品なんだけど、おたくがもらってくれない?」

配達に対応されたご主人は

予想もしていなかった言葉に驚きましたが、私はご主人の口調から何となく事情を察して、「奥さんは、もう使われないのですか」と尋ねました。すると、「妻は1年前に亡くなったんだよね。だから定期便を止めればいいんだけど、何だか止められなくて……」

私はこの方に、どのような言葉をかけていいのかわかりませんでした。しばらくの沈黙の後、ご主人が、「あなたの車に貼(は)ってあるネームプレートを見たんだけど、あなたの『聖徒』という名前は珍しいよね。その『聖』という字を見て、クリスマスだなって思ってね」と言われた時、私の心の底からこの方への祈りがわいてきました。言葉にはしませんが、天の平安がこのお宅を覆いますように、と。

「奥さんからのクリスマスプレゼントだと思って、頂きます。名前のとおり、私は聖書を信じている者です。イエス・キリストがお生まれになった特別なこの月、お客さんの心の内にキリストがやって来られることを祈っています」とだけ伝えて、その場を後にしました。その日、私の心にはイエス・キリストのご聖誕をたたえる賛美歌が響いていました。

 重荷を負いつつ  世のたびじに 
 ゆきなやむ人よ  頭(かしら)をあげ
 喜ばしき日を   うたう歌の
 いとたのしき声  ききて憩え

翌月から、そのお宅への定期便のお届けはなくなりました。

(上尾市在住)


本記事は、月刊誌『生命の光』850号 “Light of Life” に掲載されています。