私たちは、キリスト教徒である前に日本人であることを大事にしています。日本には長い歴史があり、年月をかけて育(はぐく)まれた文化があり、四季折々の風物に恵まれています。日本人の心は、そうしたものの感化によって耕されてきました。

 日本人の深いところには、「大いなるもののために己を捧げる」という心が培われています。そのような土壌にキリストの聖霊を受けると、ヨーロッパ・アメリカを経由して伝わってきたキリスト教とはおもむきの異なる、日本ならではの聖書の信仰が生まれます。

 それぞれの国や民族においても同様に、聖霊は人の深い心に働き、その国に特有の福音の花を咲かせます。旧新約聖書を学ぶと、聖書の宗教・信仰は、個人を救い、民族、国家をも興す宗教だということがわかります。