信仰の証し「草も木も花もみんな神様を賛美している」【ミニ動画つき】

真壁アリスさん
趣味で始めた刺繡が本職になり、3年前、初めて刺繡の絵本を出版した。
【再生時間52秒】

私は小さいころから手先を使って物を作るのが大好きでした。結婚して子供が生まれてからは、子供たちの服を手作りして、それに刺繍をするなどしていました。

全く独学で始めましたが、ネットなどに作品を出していると、だんだんと気に入ってくださる方が増えて、刺繍作家として仕事をするようになりました。

聖地での祈り

数年前、幕屋の聖地巡礼でイスラエルに行った時のことです。聖地を巡って最後に、十字架の死から復活されたイエス様と弟子たちが出会った、エマオという所を訪れました。そこでの祈りは、ここは天国じゃないかと思うほど、うれしい祈りでした。一緒に巡礼に行った32人は年齢もばらばらでしたが、みんなの心が一つになって、ああ、キリストの御愛の中に私たちは生かされているんだな、と感動でなりませんでした。そこで見た草木は、きらきらと輝いていました。

日本に帰ってからも、何を見ても神様を賛美しているように思えます。特に、花や草木が、きらきら輝いて、「うれしい、うれしい」と言っているように見えるんです。

それまでは刺繍のモチーフに、自然のものよりも、電話機やパンといった、人が作った「物」を選んでいました。けれども、聖地から帰ってきてからは、この輝いた草花を刺繍にできないかなと、作風が全く変わってしまいました。私も、花や草のように喜びを表したい、どんな形でもいいからキリストの生命を伝えたい、そんなふうに思ったのです。

そうやって作品を作りはじめると、次々に仕事を頂けるようになり、あるテレビの手芸番組にも出させていただきました。それは、自分でも驚くことでした。

そんな時に、私の故郷・和歌山の串本(くしもと)で、幕屋の聖会が行なわれることになりました。聖会に備えて祈っていると、父のことが思い起こされてきました。

父の背中

私の父は、私が生まれる前から、キリストの伝道にすべてをささげて生きてきました。

私たち家族は串本の小さな町に住んで、集まってこられる方たちと集会をしていました。年配の方が多かったですが、父はその方たちと祈ることが、何よりもうれしかったようです。

ある時、皆さんをマイクロバスにお乗せして遠くの集会に行きましたが、父は途中で体調が悪くなってしまいました。でも、ほかに運転できる人はいません。父は途中で何度も車を降り、「神様、神様」と祈って、また運転していました。

ただ、子供たちにはとても厳しくて、「信仰に関係のないことは何一つ必要ない」の一点張りで、話もできない。思春期を迎えたころには、私は父に対して、反発の心しかわかなくなっていました。

私は、父みたいに信仰一筋の生き方はできない、と思いました。信仰を押しつけられるのが、たまらなく嫌でした。神様の存在は否定できないけれども、目に見えない世界に目を向けるのではなくて、もっと外側を飾ったり、ほかの世界も見たりしてみたい、そんな気持ちでいっぱいでした。

父は、あることがきっかけで伝道に行き詰まってしまいました。新しい方が集会に来ても、「この方に、どうやってキリストの生命を伝えていいかわからない……」と、会の途中で泣きながら言っていたことがありました。

また、日曜集会をすっぽかして、どこかへ行ってしまったこともありました。その日、私は近所のお祭りに行ったのですが、そこに父も来ていたんです。お祭りに出かけるような父ではなかったので、驚きました。その寂しそうな背中が、私の中に強く残りました。

失敗のように見えても

やがてわが家は串本を出て、大阪、また東京へと引っ越しました。その時の私には、父は行き詰まり、伝道に失敗して和歌山から出ていったようにしか見えませんでした。

父に反発ばかりしていた私ですが、やがてキリストはいろいろなことを通して、私にも出会ってくださいました。

昨年、聖会のために、ほんとうに久しぶりに串本に帰りました。山や海を見て、35年前を思い出しました。そして、父が必死になってキリストを伝えていた姿が、私の中によみがえってきました。

太平洋に臨む串本町

父は、かっこよくもなく、伝道で人が増えたとか、奇跡が起きたとか、何かを残せたわけではありません。けれども、キリストに贖われ、生かされている喜びを精いっぱい表して生きていたんだなと、初めて思うことができました。

今は長い闘病生活の中で、体も思うように動かせなくなった父ですが、その生き方を思うと、目に見える成功よりもっと大切なことがある、と実感します。

刺繍をしていると、独りで黙々と、だれとも話さずに一日を終えることもあります。そんな時にも、ふっとキリストのまなざしを感じます。私たち一人ひとりを神様が飾ってくださっているんだということを、私も表していきたいと願っています。

本記事は、月刊誌『生命の光』2020年6月号 “Light of Life” に掲載されています。