童話「かめじいさんのお話」【朗読動画】


【朗読音声】


ぽかぽかあたたかい日の昼下がり、かめじいさんはゆっくりと目をさましました。かめじいさんの前には、もう池のこどもたちがたくさん集まっていました。

「ねえ、かめじいさん。起きてよ」

「はやく起きて、お話ししてよ!」

「ねえってばあー」

こどもたちといったって、みなさんのような人間のこどもたちじゃありませんよ。池に住んでいる動物のこどもたちです。あひるのガータンや、かものモッコ、おたまじゃくしのドレミとかね。

かめじいさんはしわだらけのまぶたの間から、きらりと光る瞳(ひとみ)を、ちょこっとのぞかせたと思うと、大きな大きなあくびをしました。

「ふああーーーーーーーーっ!」

かめじいさんは、そのあとゆっくりと話しはじめました。


ずっとまえ、この池にシーロという白いサギがおったんじゃ。

べつに特別な鳥じゃなかったが、ちょっとひねくれ者だった。ほら、そこの柳の木の下に、いつもひっそりとひとりで立っていた。友だちがほしくなかったわけじゃない。本当は、ほしくてたまらなかったらしい。

ある日、シーロはわしのところに来たんじゃ。

「かめじいさん、ぼく、友だちがほしいんだ。どうしたらいいか、教えてよ」

「うーむ。そうじゃなあ。おまえは自分の好きなことしかしないようじゃな。いざというとき、みんなのために何かをしてみたらどうじゃ。そうすれば、池のみんなだって、おまえを友だちとしてみとめてくれるじゃろう」

「ふ一ん。そういうもんか」

シーロは何やら考えながら、飛んでいった。

そのことを、わしはすっかり忘れておったが、シーロは覚えていたんじゃ。

その年の夏のことじゃった。

かんかん照りの天気が、1日、2日、3日、そのあともずーっと続いた。雨がひとつぶも降らなかったんじゃ。

池はすっかり小さくなって、だんだん浅くなっていった。おひさまが池の真上にくるころには、池の水は熱くてどうしようもなかった。

「苦しくてたまらないよー。おい、そこに立っているサギの兄ちゃん。あんたには、おれたちの苦しみがわからないだろうな」

鯉(こい)がシーロに向かって言った。けれども、シーロはしらんぷり。

でも、シーロは心の中ではこう思っていたんだ。

「ぼくだって何とかしてあげたいけれど、どうすることもできないんだ」

そのあともやっぱり雨は降らなかった。

このままでは、みんなが死んでしまう。わしの甲らもすっかり熱くなっておった。

「おーい、だれか、助けてくれ! 雨を降らしてくれー!」

みんな口々に叫んでいた。

わしはそれまで長い間生きてきたが、こんなことは初めてじゃった。

「もう、だめだ。助けてくれー!」

そう叫んだのは、かえるのガーガだった。ガーガは、ほんとうに死にそうになっていた。すっかりやせ細って、おなかを空に向けてひっくり返っておった。

「いかん。ガーガが死んでしまう」

そのときじゃ。柳の下からバサバサッという音がしたかと思うと、白い何かが空に飛び立ったんじゃ。

それは、柳の下からみんなのようすをジッと見ていたシーロだった。

「シーロ! どこへ行くんじゃ」

「もしかして、ぼくにできることがあるかもしれない」

「できることって。おーい、シーロ!」

わしは呼んだが、もうシーロは空高く飛び立っていた。

シーロは懸命に空を飛んだ。空を飛びながら、大きな声で叫んだ。

「神様! ぼくたちの池を助けてください! ぼくはそのためなら何でもします」

すると、どうだろう。

シーロは高くあがればあがるほどに、大きく、大きくなっていったんじゃ。

「シーロが、シーロが大きくなっていく!」

「シーロが、雲に、雲になったー!」

わしは自分の目をうたがった。真っ白なシーロは、真っ白な雲になったんじゃ。

とうとうその雲は、太陽をかくした。そして……。

ぽつ、ぽつ。

「雨だ!」

「雨だーっ!」

信じられないことがおこった。わしらの待ちに待った雨が降ってきたんじゃ。

「シーロが雨を降らしてくれた」

「助かった。助かったんだ」

ぽつ、ぽつ。

ざー、ざー。

さっきまで死にそうだったガーガは、すっかり元気になって、ケロッケロッと鳴いて、かえる踊りをしていた。池のみんなは、雨を体いっぱい受けながら、抱き合って喜んだ。

わしはそのとき初めて知った。わしのようなカメにも、涙がながれるっていうことを。

「シーロ、ありがとう」

雨は、まる2日間降りつづいた。そして、池はもとどおりになった。

ただ一つ、ちがっていることといったら、あの柳の木の下にシーロの姿がないことじゃった。

雨がやむと、枯れていた草木がいっせいに新しい芽を出した。それはそれは美しい緑じゃった。

「シーロ、おまえはもう戻ってこないのか」

わしはシーロがなつかしくて、柳の木の下を歩いていた。

ふと見ると、そこには今まで見たこともない、草の芽が出ていた。その芽はすくすく育ち、やがてシーロそっくりの真っ白い花を咲かせた。

「それが、あのサギソウ?」

あひるのガータンが聞きました。

「そうじゃ。池のみんなが、あのサギソウをどれだけ大切にしているか、知っているじゃろう」

「あっそうか。だから、あたいのおかあちゃんが、あそこを通るたんびに『こんにちは』なんて、あいさつするんだ」

と、かものモッコが、がらがら声で言いました。

「シーロは願いどおり、たくさんの友だちをつくったのさ。あいつは幸せ者じゃ」

 かめじいさんは、そう言うと

「ふああーーーーーーっ」

と、さっきと同じ大きなあくびをしたかと思うと、甲らの中に首をすくめてしまいました。

日は傾きかけて、池をオレンジ色の光が包んでいました。サギソウが、うれしそうに風にそよいでいました。こどもたちは何だかあったかい気持ちになって、家に帰っていきました。

(おわり)

文・まちやま みねこ
絵・ふるかわ ルデヤ
朗読・ちょうこ