信仰の証し「姿の見えない校正者(ゴールキーパー)」

―『生命の光』誌を陰で支えて―

町山救郎

「地味にスゴイ!」。数年前、そんなキャッチフレーズで、人気女優主演のテレビドラマがありました。

ファッション誌の編集志望だったのに、文章に誤字脱字がないかを確認する校正や、内容に間違いがないかを調べる部署に配属されてしまった主人公。でも、徐々にその仕事を好きになっていく、という物語です。

私は、30年近く校正の仕事をしてきました。印刷会社や校正専門の会社に勤め、またフリーランスとしても働きましたが、その間ずっと『生命の光』の校正に携わらせていただきました。でも、もともと理系だった私にとってそれは、ドラマの主人公同様、全く畑違いの仕事だったのです。

筆者による校正(『生命の光』誌8月号の一部)

一生ベッドの上でもいい

大学で羊の研究をしていたころ

私は、小さいころから自然や生き物が大好きで、帯広畜産大学に進学し、羊の研究をしていました。でも、卒業論文に向けて研究に打ち込んでいたある日突然、倒れてしまったのです。ネフローゼ症候群という腎臓の難病でした。体じゅうに水がたまって体重が30キロも増え、瞼(まぶた)がはれ上がり目が開けられません。体力には自信があったのに、絶対安静となりました。

病院のベッドで卒業証書を頂きましたが、友達は皆、夢を抱いて新しい道に進んでいくのに、自分は……と思うとたまりません。挫折感を味わいました。原始福音の信仰をもち、幕屋の集会に集う家庭に育った私でしたが、希望を失って心が硬くなり、信仰心もわいてきませんでした。

そんなある夜、私はベッドの上で、うめくように、
「神様、私は進路も閉ざされ体力も失いました。もう自分には何もありません……」と祈りました。

すると突然、
「いや、わたしがおまえと共にいるではないか」と、神様の御声がささやくように聞こえたのです。

その時、私の内側に、喜びと感謝が突き上げてきて、
「神様、あなたが共にいてくださるのなら何もいりません。たとえ一生ベッドの上にいることになってもかまいません」と、状態は何も変わらないのに、うれしくて、涙が流れてしかたありませんでした。

すると、それから細胞の中に入り込んでいた水分が体外に出はじめ、主治医が驚くほど回復して、その1カ月後には、半年ぶりに退院することができたのです。

でも元気になったこと以上に、神様に伴われて生きていけるという希望を与えられたこと、内なるキリストを発見したことが、大きな喜びでした。

「ルビ」って何だろう?

それから数年がたって、東京のキリスト聖書塾で信仰を学んでいた時、当時の『生命の光』の編集長から、原稿にルビをつける手伝いをしてほしいと言われました。私は、ルビがフリガナのことだとすら知りませんでした。

でも、一つひとつ辞書を引いて言葉を確認し、そして訂正していく、という地味な作業を黙々と進めるのが、苦にならないどころか、楽しくなってきました。これは自分に向いているんじゃないか、そう思って、通信教育で校正の勉強を始めました。

ところがしばらくすると、高熱を出して倒れてしまったのです。腎臓病の再発でした。茨城県に転居して療養し、寝たり起きたりの日々が5年続きました。その間、妻が働いて支えてくれました。

ある日、以前ルビつけを私に頼まれた編集長が訪ねてきて、校正を在宅でやらないか、と声をかけてくださり、そのためのファックス機を買ってくださったのです。

私は通信教育を受け直し、技能検定試験に合格しました。最初は横になりながら仕事をしましたが、働ける喜びに希望があふれました。それから、出版社の仕事も在宅で受けるようになり、だんだん週に何日かは通えるようになって、やがて、普通に会社勤めができるまでになったのです。

その後も何度か高熱を出しては入院しました。今でも体力が続かず、思うようにいかないな、と思うことはあります。でも、「一生ベッドの上でもいいです」と祈ったあの日の、神様に伴われて生きていけるという希望が、私を支えました。

そして、どんなに苦しい中でも、校正で目を通す手島郁郎先生の講話に、魂が励まされてきました。『生命の光』の校正に携わらせていただけることが、何よりの感激、喜びです。

欠けたるを補いたもうお方

校正は結果を問われる仕事です。ゴールキーパーがセーブし損ねると、即失点してしまうように、校正者が間違いを1カ所でも見逃すと、そのまま印刷されてしまい、弁解の余地はありません。

出版界の裏方で、注目されるときは大抵、校正ミスが起きた時です。何事もなければ校正者の姿は見えない。それがいちばんいいことなのです。

たとえば、私の担当ではありませんでしたが、印刷したチラシの冷蔵庫の値段にゼロが一つ抜けていて、店はその値段で売らざるをえなかったことがありました。その校正ミスのために、印刷会社は売れた分の差額を負担するというペナルティーを負ったのです。

同業の先輩が言われました、
「校正者はベテランになるほど、人間のすることには間違いがある、完璧な人間はいない、ということを知っている。そういった人間の能力の悲しさを知っているのが、校正の玄人だ」と。

自分がミスをした時は、ものすごくショックです。「この失敗を二度とするものか」と反省しますが、そういう人間の無力さを痛感する時ほど、ただ一人全能なるお方・神様の存在を、深く覚えます。

またそれと同時に、自分の失敗や欠けたところを補ってくださる神様! その業に倣い、出版の補いをするのが校正という仕事なのだ、と思いを新たにします。

『聖書之研究』誌を発行して、文書伝道をされた、内村鑑三先生(1861~1930年)は、
「校正は大なる事も美なる事も何もない、然(しか)し是(これ)又貴い仕事である。日々の煩業を忠実に為(な)し得ずしてキリストの善き僕(しもべ)たる事が出来ない」と日記に書かれています。

この文を机に貼って、私は今日も、『生命の光』の校正紙に向き合います。

町山救郎(55歳)
妻の峰子さんは『生命の光』誌の編集員で、童話などを担当。その校正をする際には、赤ペンに一層力がこもる。


本記事は、月刊誌『生命の光』2020年10月号 “Light of Life” に掲載されています。

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