仕事の話を聞いてみた!「サクラと私の休眠打破」

湯浅和一

庭師としての修業を長く積み、独立して25年になる湯浅和一さん(67歳)は、千葉市在住。お客様は個人宅から企業、神社仏閣と幅広い。今日は短大2年生と高校3年生の2人の女子に、ご自身の仕事の話をしてくださいました。
2人とも将来の職業について真剣に考えている時期なので、人生の指針となるものを得てほしいと期待して企画しました。(編集部)

I子 こんにちは。
A子 今日はよろしくお願いします!

湯浅 こんにちは。

初めて会った時は中学生だったよね? 2人が職業を考える年齢になったのかと思うと、感慨深いよ。

今日はぼくが庭師の仕事を通して教えられたことを話したいと思います。まず見せたいのがこの木。枝を剪定(せんてい)するね。切り口を匂(にお)ってみて。どう、何が思い浮かぶ?

I子 鼻がツンとする。持久走を思い出します……。

湯浅 なるほど、面白い。

A子 校庭の匂い?

湯浅 そう! よく小学校に植わっているクスノキです。クスノキは芽が萌(も)え出る力が強く、もくもくと雲のように大きくなります。児童へのそんな願いを込めて、学校に植えられていると思うんだ。

見た目のほかにも、病気や寒さに強いなど、それぞれの植物には特性があるから、庭造りではそれを活かすことを大切にしています。

人間も一緒じゃないかな。自分のよさが発揮できる職業が見つかるとうれしいよね。2人はどんな進路を考えているの?

I子 私は教師になりたいと思っています。
A子 私は保育士になるための勉強をしようと思います。

湯浅 どっちもいいね。苦労の多い仕事かもしれないけどね。

それじゃあ、今日の本題、サクラの成長の話に入ろう。

毎年、ソメイヨシノの開花日が発表されますが、大体、鹿児島より東京が早いんです。不思議じゃない? 気温の高い鹿児島が先に開花すると思わない?

その秘密が、今日のテーマの「休眠打破」です。

「もうすぐ春だ」

サクラは冬が近づくと葉を落とし、芽の成長も止まって、休眠して年を越すんだ。エネルギーを蓄えるんだね。

そして、冬の厳しい寒さという低温刺激を受けると、休眠状態から目覚める。これを「休眠打破」といいます。

ソメイヨシノだと、最低気温が5度以下の日が20日ほど続くと、「ああ、もうすぐ春だ」って目覚めるみたい。目覚めた後は、気温の上昇に伴って芽が成長して開花します。

だから鹿児島よりも寒い東京のほうが、開花が早いんだ。寒さが刺激となって、眠っている生命力が目覚めるんだね。

I子 暖かくなったからじゃなく、冬の寒さで目覚めるのって意外です。

湯浅 そうだよね。そして、人の成長にも「休眠打破」に似たことがあるのを、ぼくの体験を通して話したいと思います。

切り口からポタポタと

ぼくは大学卒業後、サラリーマンをしていたけれど、それを辞めて庭師の世界に飛び込んだんだ。だけど恥ずかしいことに、すぐにくじけそうになってね。

親方は厳しいし、年下の兄弟子は理不尽なことばかり言う。一日が終わると今まで使ってこなかった筋肉がパンパンで、まともに歩けなかったよ。今日で辞めようと、毎日のように思っていた。

家を出る前に祈って、職場の駐車場でも祈って。そうしないと、門をくぐる勇気が出なかった。

2月の寒い日に、モミジを剪定していた時のこと。枝をパチンって切ったら、切り口からポタポタポタと樹液が流れ出て、額にたれてきたんだ。

冬枯れの生きているのか死んでいるのかわからないような木だったから、ものすごく驚いた。春の芽吹きに備えて水や養分を地下から吸い上げて、蓄えていたんだね。

見えないところでモミジは春の準備をしている。そのころの自分と重なって、見栄えしない時期こそ力を蓄える準備期間なんだって、ぼくはモミジの木から教えてもらいました。

1~2カ月後かな、チンプンカンプンだった親方の指示がわかるようになったんだ。言葉というより、心を酌み取れるようになった。

それからは、「ここを切るんだよ」って、木の声が聞こえるみたいに、どこを剪定すればいいのか、わかるようになったんだ。

I子 それは、仕事を始めてどれくらいでしたか?

湯浅 1年半かな?

A子 サクラと違って休眠が長い(笑)。

湯浅 あはははは、親方も我慢してくれていたと思う。

待ってもらえたから

そうだ、聖書の中に庭師の話があるんだ。

「『わたしは3年間も実を求めて、このいちじくの木のところにきたのだが、いまだに見あたらない。その木を切り倒してしまえ。なんのために、土地をむだにふさがせて置くのか』。すると園丁は答えて言った、『ご主人様、ことしも、そのままにして置いてください。そのまわりを掘って肥料をやって見ますから。それで来年実がなりましたら結構です。もしそれでもだめでしたら、切り倒してください』」(ルカ福音書13章7~9節)

木の周りを掘るのは、庭師の仕事でいう「根切り」に通じるところがあると思う。

活動の鈍くなった根の先端を切ると、切り口から新たな根が再生される。新しい根は、水や養分を効率よく吸収するから、結果的に、このイチジクは元気になって実をつけたと思うよ。

それには園丁が言うように、待ってやる必要がある。ぼくがそうだ。親方もだし、神様が待っていてくださったと思う。だからこそ、ぼくは変わることができた。

根切りじゃないけど、痛い思いや苦しい日々の先に、庭師として大切な心が開かれました。

無限の可能性

厳しい寒さで目覚める。

根が切られて元気になる。

どちらも、逆境やマイナスに見えることが成長につながっているよね? これは、人間にも言えることじゃないかな。

2人もこれからの人生で、悩んだり傷ついたりすることがあるかもしれない。努力しても報われないことだってある。

でも、その逆境や葛藤(かっとう)は成長につながると、ぼくは信じています。そんな時、サクラやイチジクの話を思い出してくれるとうれしいな。

I子 はい。根っこの話はけっこう、ぐっときました。気合を入れ直すってことですよね!

湯浅 あはははは、どうだろう、合ってるかな?

今日は樹木の成長について話しましたが、ぼく自身もっと成長したいね。植物の神秘な世界は果てしないです。庭師としての技術も心も、もっと向上できるはず。若い人にはなおさら無限の可能性があると思う。思い切って挑戦してほしいです。期待しています。


本記事は、月刊誌『生命の光』860号 “Light of Life” に掲載されています。

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