若いひとの声「聖書は私にも、語りかけている」

山口勝利(かつとし)

『生命の光』誌にたびたび登場する、幕屋のイスラエル留学。短期で聖書の大地に触れる、また腰を据えて大学で学ぶなど、いろんなケースがあります。今回は、大学生の山口さんに話を聞きました。(編集部)

小さいころから本が好きだったのですが、中学校では、そこに逃げ込むように読んでいました。小学校卒業のタイミングで引っ越しをして、周りは知らない人ばかりだったので。部活には入らず、高校でもずっと帰宅部でした。

3年生の時、幕屋の高校生の研修ツアーに参加することになって、聖書の国イスラエルに行きました。初めての海外だったので、いろんなことがすごく新鮮でした。

その中でもいちばん忘れられないのは、エルサレムの「西の壁」での体験です。祈っていると、

涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。

詩篇126篇5節

という聖書の言葉が自分の中に響いてきたんです。

そんなことは初めてでした。

ツアーの前のこと。難病で急に歩けなくなってしまった友達のために、幕屋の中高生の皆で一生懸命祈りました。その時は、祈ったってほんとうにいやされるのか、確信はなかったんです。でも西の壁でハッと思いました、「皆で彼のために涙を流して祈ったけれど、その涙が喜びの声に変わる時が必ず来る、絶対いやされるんだ」と。

そうしたら、そんなに熱心に聖書を読んでいたわけでもない私の中にも、聖書の言葉が響いてくるこの地の大学で学んでみたい、という願いがわいてきたのです。

物理学か聖書学か

私は高校で理系を選択し、好きな分野は物理でした。でも、実際にイスラエルに来てみてヘブライ語を勉強し、聖書を原文で読んでいると、面白いなって。何千年も聖書を読んできたユダヤ人は、実際の生活に即した読み方もしていて、そうなんだと発見があります。物理は日本でも勉強できる。それで私は、聖書学科を目指しました。

まだまだですけれど、単語の意味を一つひとつ調べ、また文脈や、ほかの箇所ではどういうふうに使われているのかも含めて、聖書がほんとうに言いたいことは何なんだろう、と思いながら読んでいます。

また、幕屋の留学生たちが集まって、一緒に読むことがあります。聖書の人物にどういった苦闘や葛藤(かっとう)があって、どういう信仰をもっていたかを思いながら、お互いに調べたこと、感じたことをシェアリングして読むので、一人の時よりももっと心が燃えてきます。

口が重かったモーセ

たとえばこんな箇所があります。

ああ主よ、わたしは以前にも、またあなたが、しもべに語られてから後も、言葉の人ではありません。わたしは口も重く、舌も重いのです。

出エジプト記4章10節

これは、奴隷として虐げられていたイスラエルの民を導き出すため、神様がモーセをエジプトの王へ遣わそうとした時、モーセが断ろうとして言った言葉です。

「ああ主よ」は、日本語では何げなく読み過ごしてしまいそうですが、ここではヘブライ語で普通、「ああ」という場合に使うのとは違う単語が使われています。

ほかにもその単語が同じように使われている箇所があるか調べると、モーセの後継者ヨシュアが戦いに負けてしまって、「ああ主よ」と嘆く場面にありました。

また、ギデオンが神様に、敵の手からイスラエルを救い出せ、と声をかけられて、「ああ主よ……わたしはまたわたしの父の家族のうちで最も小さいものです」と言った時にも使われています。

モーセもヨシュアもギデオンも、民族を救う大活躍をした人物ですが、この「ああ」は、自分では無理だとか、嘆いたりしている時に口から出た言葉でした。

3人とも、自分の無力さをよく知っていて、民族が救われてほしいという願いと、自分にはとてもできないという思いの間で悩んだ。でも最後には、託された使命を果たそうと立ち上がったんだ……。

モーセは口が重いと言っていますが、私は机に向かってコツコツ勉強することはできるけれど話すのが苦手で、予科の1年間で1人も友人ができなかったんです。

それに電車で居眠りをして財布をなくしたり、ほかにもいろいろと失敗があって、ダメな自分を見て落ち込むことが多くありました。

そんな私にも、この聖書の言葉は語りかけられているのかもしれないな、と思って読んでいたら、涙が出てきました。

祈りを聞いてくださるお方

本科に進むことができたころ、難病で歩けなくなっていたあの友達が、体がだいぶ回復し、そして心がすっかり元気になったことを聞いたんです。それがとてもうれしくて。西の壁で願ったことが2つとも実現し、祈りを聞いてくださる神様の存在を覚えました。

本科の最初の授業に行くと、一人の学生が「君は日本人か。私は日本が大好きだ」と言って、あちらから近寄ってくるのです。それから次々に友人ができて、助けてくれるようになりました。今は、学校の先生を目指すイスラエル人学生グループの仲間になって、卒業を目指しています。

幕屋の留学生の中でも先輩格になっていて、人とのかかわりが苦手、とばかり言ってはいられません。「ああ主よ」と言ったモーセたちが、やがては使命を担って立っていった姿に励まされています。

山口勝利(24歳)
おっとり、温厚な性格。だが、「小さいころにはよく悪さをされました」という従弟(いとこ)の証言も?


本記事は、月刊誌『生命の光』840号 “Light of Life” に掲載されています。