新春インタビュー「水はいのちの源」【ミニ動画つき】

ひと言(インタビュー動画)

【動画再生時間:41秒】


人間の生存にとって必要不可欠な水。私たちの日本は、豊かな水に恵まれた国でありながら、なんと、水の輸入大国なんだとか!? 社会に安全な水を供給する仕事に長年携わってこられた山口太秀(だびで)さんに、水に関するさまざまなお話を伺います。
(聞き手:藤井資啓)

世界は水不足の危機に

藤井 日本が水の輸入大国というのは、どういうことですか。

山口 確かに日本は、国土の7割が森林で、そこから湧き出る水が豊富にある、水に恵まれた国です。

しかし実は、目に見える水ではない、「仮想水」としての水を大量に輸入している国なんです。

仮想水とは簡単に言うと、肉牛やパン用の小麦などを育てるのに必要な水のことです。

たとえば、肉牛を育てるには、牛が食べる牧草を育てなければなりません。それで牛肉1キロを得るためには、2万リットルの水が必要だと試算されています。

日本は肉類や穀物、豆類などを大量に輸入に頼っている国ですから、その意味では水の輸入大国だといえるのです。

藤井 世界では多くの国が水不足だということですが、日本も水不足とは無関係ではないのですね。

山口 そうです。水の輸入国ということでは、日本は世界の水問題にも対応する必要がありますね。

世界には、安全な飲み水が簡単に手に入らない国が、まだまだたくさんあります。アジアやアフリカなどの貧しい国では、汚れた水を飲まざるをえないのです。その結果、年間150万人もの幼い子供たちが命を落としています。

また、世界の人口は増える一方ですが、それに比例して河川の水や地下水が増えるわけではありません。実は、世界の水不足問題は、すでに手遅れなほどに深刻化しているのが現状です。

藤井 日本は、世界の水不足の問題に対して、何か対策を講じているのでしょうか。

山口 日本のNPО法人などは積極的に援助を行なっていますが、私たち民間企業による支援はまだまだですね。

水に携わる企業はたくさんありますが、企業として利益を上げることが第一で、富裕層向けの商品やサービスが圧倒的に多いのです。水の売買、輸送、水源の確保など、水がビジネスとなっています。

また、地域間や国と国の間での水の奪い合いがあり、それが深刻化して紛争になることもあります。それで、水は重要な戦略物資と考えられています。

たとえば中国の黄河では、河口にまで水が届かず途中で水がなくなる、断流という現象が起きています。降雨量の減少も一因ですが、農業用など、上流地域で取水する量が増えているためです。しかしそれは、下流の人たちの生活や命にも係わることです。

自分の会社さえ儲かればいい、自分の国さえよければいいという考えだと、問題が絶えません。そんな現状を見る時、発展途上国の飲料水供給を支援しても、人間の心が変わらないと、問題の根本は解決しないのだと思います。

心に湧き上がる水

藤井 紛争などの問題を解決するためには、まず人間の心が変わる必要がある、ということですね。

山口 それについて思うのが、新約聖書ヨハネ福音書の記事です。

そこには、ユダヤ人のイエスと、異民族のサマリヤの女との対話が載っています。旅に疲れたイエスがサマリヤの井戸辺で休んでおられたところへ、その町の女が水を汲みに来ました。その女にイエスが1杯の水を求めたことから、対話が始まります。

対話の中でイエスは、「この水を飲む者はだれでも、また渇くであろう。しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも渇くことがないばかりか、わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちに至る水が湧き上がるであろう」と言われました。

この対話を通して女の魂は開かれ、永遠の生命に至る信仰を得て、喜びに満たされたのです。

私は物質の水に携わる仕事をしていますが、イエスの言葉のように、魂の内に永遠に渇くことのない霊的な生命の水を得ることが、人間として、とても大切なことだと思っています。霊的な生命に潤されて生きる時に、人は自己中心的な心でなく、周囲の人々まで潤す存在となりえるのです。

母・山口順子さん

私の母は、私が26歳の時に、がんで亡くなりました。がんだと知った母は、以前にも増して天の生命を熱く慕っていました。そして、自分の病が治ることより、天に帰ってもっと多くの人のために働ける魂になりたいと、それが切なる祈りでした。母は、最後まで病に負けることなく、むしろ見舞いに来る人を励ましていました。

傍らで看病していると、母が苦しい中、緑色の胆汁を吐きながらも、自分のことは少しも祈らず、ただ神様に感謝している姿に衝撃を受けました。

その時、私の中に神様のいのちの水というか、愛が流れてきたのです。当時信仰から離れていた私の魂は目覚めさせられ、再び信仰に立ち帰ることができました。

恐れずにチャレンジ

藤井 山口さんは今、どんなことを願っておられますか。

山口 若い技術者たちと一緒に、もっと社会に貢献できるようなことにチャレンジしていきたいと思っています。

かつて私は、浄水場の水の濁りを計る濁度計を開発したことがあります。1996年に埼玉県で、寄生性原虫クリプトスポリジウムが水道水に混入し、9000人もの集団感染となった事故がありました。

日本には水が豊富にあると思われているが、安全な水を得るために昔から多くの人が努力してきた

それは全国の水道関係者を震撼(しんかん)させました。これを重く見た当時の厚生省が、濾過(ろか)処理した水の濁度を従来より低い値で管理するように、指針を出したのです。

その高感度濁度計の開発を、私がいた会社で行なうことになり、私が担当者になったのです。短期間での開発要請のため、必死で開発に取り組み、何とか完成にこぎつけることができました。

その濁度計は今も各地の浄水場で、安全な水道水づくりに用いられています。そうして社会に貢献できるということは、技術者としてすごく嬉れしいことなんです。

ところが最近の日本の社会では、働き方改革やリスク管理、コンプライアンスという言葉が飛び交い、技術者が新たなことにチャレンジしようとしても、リスクはどうなのか、ほんとうに儲かるのかと問われることが多いのです。

まだ一歩も踏み出していないのにそういう目に晒されると、やめておこう、となります。それで、日本にチャレンジしようとする気運が希薄になっている気がします。これは国にとって大きな損失です。

失敗を褒める文化

藤井 この数年、海外に比べ日本の開発力、技術力が落ちてきているのは、そこに問題があるのですね。

山口 実は一昨年、東京で開かれた世界で最も大きな、水に関する国際会議IWAで、イスラエルの学者と懇意になりました。

そのことがきっかけで、先日、イスラエルの水関係の会社を幾社か訪問する機会を得ました。私はこの訪問を通して、とても大きな刺激を受けて帰ってきました。

イスラエルは国土の6割が荒野で、しかも1年のうち8カ月は乾期で雨が降りません。しかも世界じゅうからユダヤ人帰還者を受け入れるため人口増加も激しく、水不足は建国以来、常に問題でした。

写真提供:Gal Water Technologies

※イスラエルで開発された、海水を淡水化できる装置を搭載した自動車。災害時にどこへでも移動して、飲料水を確保することができる

しかしイスラエルは、技術とチャレンジ精神で水不足を克服したのです。今では、イスラエルの飲料水の6割が海水を淡水化した水です。また、生活排水も9割近くが浄化され、農業用水として利用されています。これらの技術は、水不足に悩む世界の国々にも提供されているのです。

訪れたどの企業でも、実に生き生きとエネルギッシュに、次々と新しいことにチャレンジしている姿を見てきました。

彼らは失敗を恐れません。イスラエルにはむしろ、失敗を褒める文化があります。失敗してもそれは次のチャンスを得たにすぎない。恐れて何もしないほうが、よほどリスクが大きいと。イスラエルは世界でも起業家が非常に多いという事実が、よくわかりました。

今後は私たちも、もっとチャレンジしていこうというマインドを育てたい。そして、冒険するワクワク感をもち、成功する喜びを味わう。自分たちの一歩が世の中に貢献し、役に立つことがこんなにも嬉しいことなんだと、多くの人たちに経験してほしいと願っています。そして、生き生きとして活力に満ちた日本となることを願ってやみません。

藤井 今日は、示唆に富んだお話をありがとうございました。


山口太秀(だびで)さん

・1967年神奈川県生まれ、八王子市在住。
・工学博士・水環境エンジニア
・現在、水処理分野では日本最大手の会社で、技術開発部長を務める。2006年には高感度濁度計の研究開発で博士号を取得。


本記事は、月刊誌『生命の光』803号 “Light of Life” に掲載されています。