童話「天国の門の鍵」

2019年クリスマス特集

イエス様は、不思議な木の箱を持って、にこにこ顔でお弟子たちに向かっておっしゃいました。

「この中には、天国の門の鍵が入っているよ。さあ開けて、取っていいよ。だがね、天国、神様の国が、どうしたらこの地上にもできるのか、そのために、あなたは何をしたのか言ってごらん。それが天国にふさわしくなければ、箱は開きません」

イスカリオテのユダは、さっそくその箱を手にとってみました。中でなにか、カタ、コトと音がしているようです。

「なんといってもお金です。先生の名声でお金をたくさん集め、貧しい人たちに分けてやるのです。お金があれば、生活がよくなって、みんなも喜ぶこと、まちがいなしです。私は、いままでイエス先生のグループの会計係として、なんとかしてお金を増やそうと、一生懸命がんばってきました」

ユダは、そう言いながら、箱を開けようとしました。ですが、箱のふたは、ビクとも開きません。

イエス様は、おっしゃいました。「お金も、あれば役に立ちます。でも、お金で天国は買えません。そのうえ、人のお金を当てにするようじゃダメ。まず、自分の持っているものを、はたいてしまわなきゃね」

ユダは、プイと横を向いて、出ていってしまいました。

これを聞いた一番弟子のペテロは、得意そうに言いました。

「そうです。私は、イエス先生のためには、仕事も、家族も、財産も、ぜーんぶ捨てて、従ってきました。神様のお国をつくるには、人をたくさん集めて、みんなの力を合わせるのです。私はガリラヤ湖の漁師たちの親方でしたから、人を集めて使うのには、自信があります。先生、さぁやりましょう」

ペテロも、箱のふたに手をかけました。ですが、どうしたことか、さっぱり開きません。「おかしいな。わしは漁師だったから、舟をこいだりして、腕っ節は強いんだが、ウーン、開かないな」

イエス様は、おっしゃいました。「おまえもダメだね。これは、ガリラヤで腕利きといわれた大工の私が作ったものだ。おまえの力づくなんかでは、開かないよ。天国に入るには、それにふさわしい心があるかどうかが問題なんだ。神様の国がなるようにと、人を集めるのも必要だね。でも、人の力だけを合わせてすることは、いくらよくても、結局、地上の国のことにしかすぎないのだよ。このユダヤで、ローマ帝国や、領主ヘロデがやっていることを、すこし違う立場でするだけのことなのだよ」

そこに、ヨッシーという名の少年がいました。イエス様は、「ヨッシー、おまえはどうかね」と声をかけられました。

「えっ、ぼくですか? ぼくは子どもですから、たいしたことはしてません。せいぜい、のどが渇いて死にそうになっていた一人のお弟子様に、かわいそうだと思って、水を飲ませてあげたことぐらいです。きっと、神様がお喜びになられると思ったんです。でも、なぜか、それからずーっとうれしいんです」

「そうだ、ヨッシー、おまえならその箱を開けられるよ」

イエス様は、こう言って、箱を渡されました。ヨッシー少年は、ドキドキしながら箱に手をかけ、そのふたをなんなく開けました。

そして自分だけで、そっと、中をのぞくと、うれしそうに涙を流しながら、そのまま閉めてしまいました。

ペテロは、それを見ると、カーッとなって、怒りました。

「な、なんですか、たった水を飲ませたぐらいのことで、その箱を開けられるなんて。そんなちっぽけなことでいいんですか。私は、一切を捨てて、こんなに毎日苦労しながら、3年間も、先生のお供をしているんですよ。もっと大変なことをしてきたつもりです。それなのに開けられないとは」と、ぷりぷりしながら、イエス様にくってかかりました。

イエス様は答えられました、「ずっと前に、天国のことを、カラシ種の木でたとえて話したのを思い出さないかい。カラシ種は、ムギやゴマの種よりもずーっと小さいけれど、あんな小さい種から、人の背より高い木が育つだろう。

ごくごく小さな種でも、本当の生命が、その中にありつづけるなら、どんどん大きくなります。生命があれば、最初は、小さくてもいいんだ。喜びの生命をもって、神様の聖旨(みむね)を行なう者が天国に入るのです。この子には、自分のしたことをいばる気持ちがない。ただ、神様のお心にしたがうように行動した。そこがおまえと違うね」

ペテロは、はっとしました。「イエス先生、ごめんなさい。私は間違っていました。みんなの上に立って、号令をかけたりしていれば、なにか偉いことをしていると思っていました。先生が教えてくださったのは、一人ひとりに仕える者となりなさいということでした」

それからというもの、ペテロは、神様がお喜びになられることはなんだろうと、いつも気をつけるようになりました。人が嫌がること、人目につかないことを自分から進んでやりました。みんなの下になって、せっせと仕えるように変わりました。

ある日のこと、イエス様とペテロがいるところに、ヨッシー少年がやってきました。その顔を見て、ペテロは、あの木の箱のことを思い出し、言いました。「そうそう、いつかの箱の天国の門の鍵、あれを手にとって、見てみたいんですが……」

イエス様は、にこにこしながら、箱を差し出されました。ペテロが、おそるおそる開けようとしますと、なんのことはない、パッと開くのです。

その中を見て、ペテロはびっくり。「あれーっ、なあーんだ、これ。からっぽだ。鍵なんか入ってないじゃないですか。おいこら、ヨッシー、おまえがのぞいた時はどうだったんだい」

「それがー、あのー、よくわかりませんでした。

イエス様に、おまえは、開けられるよ、と言われただけで、もう胸がいっぱいになり、おなかの中が熱くなってきました。鍵のことなんてどうでもよくなって、よく見もしないで、そのままふたを閉めてしまいました。だから、あったのか、なかったのか……うーん、よくわかりません。

とにかく、それからずーっと、おなかの中の熱いのが続いていて、うれしくて、うれしくてしかたがありません。神様が、いつもそば近くにいてくださるのを感じるからです」

イエス様は、にっこりうなずきながら、おっしゃいました。「天国は、あなたたちの中にあります。天国の門の鍵は、心の奥に開ける鍵なのです」

(おしまい)

文・ てしま ひろを
絵・ ふるかわ ルデヤ

※マルコ福音書9~10章、トマス福音書などが、背景になっています。

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