賛美歌物語 ファニー・クロスビーの巻
「顔と顔を合わせて」

「さあ、もっと上まで登るわよ!」

「まってー、ファニー」

ファニーは、木登りが大好きな女の子です。今日も友達と一緒に、木登りをしています。

「風が気持ちいいー。ねえ、ここからどんな景色が見えるのか、私に教えてちょうだい」

実は、ファニーは目が全く見えません。けれども、いつも友達と木登りをしたり、馬に乗ったりして遊んでいました。

後に8000もの賛美歌を作詞する、盲目の賛美歌作者ファニー・クロスビーは、1820年、アメリカのニューヨーク州の貧しい農家に生まれました。

生まれて1カ月半の時に目の病気になってしまいました。治る病気でしたが、医者が手当てを間違えたため、失明してしまったのです。

周りの人たちから責められたその医者は、耐えられなくなって町から逃げ出し、そのまま行方がわからなくなってしまいました。

悲しいことは続きました。ファニーのお父さんはそれからしばらくして、寒さの中で病気になって、天国へ行ってしまいました。

ファニーのお母さんは、生活のために働かなくてはなりません。ファニーは、ユニケおばあちゃんと過ごすことになりました。

「ファニー、おまえの目が見えなくても、私が全部、教えてあげようね。この世の中はすべて、神様が造られたんだよ。夜が明けると、真っ暗な中を光が照らすの。光っていうのはね……」

おばあちゃんは、景色や夜空に輝く星、夕映え、雲などを一つひとつ、すべて言葉で説明して聞かせました。

また、動物や花や草は、手で触らせながら教えてくれました。

でも、何よりもファニーが好きだったのは、おばあちゃんが毎日読んでくれる聖書のお話と、神様にお祈りすることでした。おばあちゃんの朗読を聞きながら、聖書はすっかり暗誦(あんしょう)してしまいました。

8歳の時には、こんな詩を書きました。

  まあ!
  私はなんて幸せな魂なのかしら!
  目には何も見えないけれど。
  この世界で私は、
  満たされることを知っている。
  ほかの人は受けていないたくさんの恵みを、
  私は受けている。
  見えないからって、
  私は泣いたり嘆いたりなんてできない、
  しない!

ファニーは14歳の時に盲学校に入りました。聡明な彼女は、次々にいろいろな科目を習得していきました。特に彼女の作る詩は素晴らしく、だれもがその才能を認めていました。

ある朝のこと、校長先生に呼ばれました。ファニーは、ほめてもらえるのだろうか、詩を朗読させてもらえるか、もしかしたらお客様の前で即興の詩を披露させてもらえるのかしら、などと期待しながら校長室に入りました。

けれども、校長先生は彼女に言いました。

「どんなにほめられても得意にならず、決しておごることなく、しっかり勉強に励むように」と、厳しく諭されたのです。

ファニーは、そこで泣き出しそうになってしまいました。部屋に帰り、しばらく心の整理がつかないまま一人で祈っていると、校長先生の言葉が胸に響いてきました。そして、「ああ、私は間違っていました。もう一度、素直な心で学ばせてください」と思ったのです。

それから彼女の学業は飛躍的に進んで、学校で最も優秀な生徒になりました。そこで12年間学び、それから盲学校の先生として12年間教えました。

教師になってしばらくしたころのことです。教会で、賛美歌が歌いはじめられました。

「主よ、私自身をささげます。それが私にできるすべてです」という歌詞が歌われた時に、突然、天からの光に包まれて、自分の中から光があふれてくる体験をしました。ファニーは思わず跳び上がるように立ち上がって、「ハレルヤ!」と叫びました。

そして、「ああ、神様! 私は今まで片方の手でこの世のものをつかもうとして、もう片方の手で神様をつかもうとしていました。主は私の人生を照らす光です。これからは、どんな雲も、この光を曇らすことはないでしょう!」と、神様に出会った喜びにあふれました。

それから数年がたちました。

ファニーの目を失明させてしまった医者が、そのことでずっと心を痛めている、という話を伝え聞きました。

その医者に会うことはできませんでしたが、人に頼んでこんな言葉を送りました。

「もし今、私が彼に会うことができたら、伝えたいのです。私の目を見えなくしてしまったことで、自分を責めないでください。
それはあなたにとって、失敗だったかもしれません。でも、神に失敗はありません。私が肉体的に暗やみの中で生涯を暮らすことは、神のご計画だったと、私は信じています。
見えないことを通して多くのものを見ることができ、神への賛美を歌い、ほかの人々を励ませる者にしていただいたのですから。
私は世界じゅうで、いちばん幸せ者だと思います。今しばらくは、体の目で見ることはできません。でも天の御国に帰ったその時、私はこの目で最初に救い主イエス様を見ることができるのです。神はすべてを働かせて、私たちに益としてくださいます。
この神の愛に満たされて、私は賛美しつつ、この世の旅路を歩んでいきたいと思います」

この言葉は、その医者だけではなく、多くの人の心に響きました。

ファニーが生涯作りつづけた、神様を賛美する歌詞は、今も多くの人を慰め、励ましつづけています。

いつの日にか
 魂と体を結ぶ白銀(しろがね)の紐(ひも)は切れ
私はもうこのように
 歌うことはなくなるでしょう
けれども何という喜び!
 王なる神様の宮で目覚めることは
そして私はわが主と
 顔と顔を合わせてお会いし
み恵みによって救われたことを
 お話しするでしょう

Some day the silver cord will break,
And I no more as now shall sing;
But O the joy when I shall wake
Within the palace of the King!
And I shall see Him face to face,
And tell the story – Saved by grace;

文・さとうよしこ
絵・山本久美子