信ずるごとくに成れ

主はアブラハムに現れて言われた、「われは全能の神である。あなたはわが前に歩みて全き者であれ」と。

創世記17章1節 私訳

キリストは言われました、「信じる者には、すべての事、なし能う」と。それに答えてその人は言った、「われ信ず。不信なわれを助けたまえ」と。(マルコ福音書9章23~24節)

人間には2つのタイプがあるようです。人生に敗れやすい人と、勝利する人、この2つのタイプを見受けます。あなたはいずれのタイプでありたいと願われますか。ただいまからお話しする真理を、心の底から了解なさるならば、あなたはたちまちに人格一変して、人生の勝利者のタイプとなられること疑いありません。

私はここで、難しい事を申すのではありません。この単純なキリストの真理が、あなたの心に強く焼きついて、心の奥底からうなずかれ肯定されるならば、あなたの人生の姿勢は変わり、もうあなたは古いご自分でなく、新しいタイプの人となり始められます。あなたは違ったタイプの人間として生まれたことを、誇らかに誇って生き始められることでしょう。

“Where there is a will, there is a way”「志あれば、道あり」という格言がありますが、一般の人はこの逆でして、「もし、やる道があるなら志してみよう。もし資本があるならば、だれかの援助があるならば、やってみよう」と考えます。ところが、あなたはこの格言どおりに、”Where there is a will, there is a way”「志 will があるところには、道 way があるものだ」という信念を、心の中に深く植えつけられることです。志す意思、will さえあれば、必ず道 way は拓ける、と。

イエス・キリストは、「あなたの信ずるごとく、あなたに成れ」と口ぐせのように申され、また「信ずる者には、すべての事をなし能う」とも言われました。

聖書の宗教は約4000年前、一人のアブラハムの信仰に始まりますが、アブラハムはなんと神の声を聴いたか、というに「われはエルシャッダイ(全能の神)である。わが前に歩みて全かれよ」と。この神の言葉を信じに信じて生涯を貫きとおしましたので、アブラハムは全世界から「信仰の父」と仰がれ、2000万のユダヤ教徒だけでなく、10億のキリスト教徒からも、3億のマホメット教徒からも、今、全世界の大半の人々から深く尊敬されております。

もしアブラハムのように全能の神を信じて、神と共に歩かれるならば、あなたがどんなに無力であっても、どんなに孤立無援であっても、困難に処して恐れることはありません。見えない神が必ず祝福してくださるでしょう。全能の神の霊はあなたを助け、あなたに知恵を貸し、あなたに一切を成したもうからです。これが聖書の根本信念であります。すべて優れた信仰者に共通する態度は「信ずるごとくに成る」、このイエス・キリストの一言に尽きます。「念ずれば花ひらく」と、宗教詩人の坂村真民氏も言いました。

念ずれば花ひらく

東京の優れた学術図書の出版社である培風館の社長に山本慶治氏がありましたが、私は極めてご懇意(こんい)にいたしており、10年前お亡くなりになりました。その会社の創業30周年記念に『感謝と思い出』という小冊子を書かれまして、競争の激しい出版業界において、どうして良心的に事業をやりとげ、成功なさったか、その次第を書いておられます。

もう50年前のことですが、当時、山本慶治さんは奈良の女子高等師範(今の奈良女子大学)の教授をしておられたのですが、それを古わらじのごとくに捨てて、教育図書の出版を始められ、「自分は単なる高等教員ではありたくない。何か根本的な教育改革に役立つことをしたい。そのためには良き教育書を出版したい」と言って、学校を辞め、無資本の中から始められました。

友人たちは心配して、「教育者の君が商売人でないから失敗するよ。第一に、どうやって資本を作るのか、どこから資本を出してもらうのか、資本がなくちゃ事業はやれるもんじゃない」と言って案じました。ところが、山本さんは「自分は無手勝流でいく。自分には資本はなくとも、一つの人生哲学がある。”Where there is a will, there is a way” 志あるところに必ず道がある。事業は金がなければできぬというもんじゃない。だれに資本を出してもらわなくてもよい。良い仕事なら、利潤が利潤を生みだし、次々と雪だるま式に大きくなっていくだろうよ」。

「そりゃ、理屈はそうだろうけれども、実際において、無資本でやれるものじゃないよ」と言って、人々は心配し、また嘲笑(あざわら)いました。しかしこの人はクリスチャンらしく、全能の神と共に歩くならば「志あるところに、必ず道が開ける」と信じてやり出されました。そしてついに、日本の出版業界に大(だい)をなされたのでありますが、”信ずるごとくに成る”とは、山本さんの事業成功の秘密でありました。山本さんだけではない、万人みな、この真理を自分のものとなされるならば、彼のごとくに繁栄と成功を勝ち得られること、私は信じて疑いません。

私も戦時中のこと、事業を始めるのには最も困難な時代ですのに、次々と事業を始めまして、幸運に恵まれたことがあります。いつも座右の銘としていたのは、ただ今、読まれました「われは全能の神である。わが前に歩みて、なんじ全くあれよ」というアブラハムの信条であります。若い私でしたが、事業に手を着けると、次々と巨万の富を得た次第でありました。

なんだか信仰といえば実業・経済とは無縁のもののように思われるかも知れませんが、決してそうではありません。ヨハネ第三書(ヨハネの第三の手紙)の冒頭に、「愛する者よ、あなたの魂がいつも恵まれているのと同様に、すべての事業に恵まれ、また身体も健やかであるように、と祈る」と書いてあります。私もあなたに対して、魂も体も仕事も、すべてに恵まれなさるよう祈っております。

もう、今から十数年前のことですが、当時は今と違って、海外に旅行することが非常に難しいでした。ドル不足のために非常に規制がやかましくて、民間人では、貿易関係者とか、海外に特別に招待を受けるのでないならば、勝手に旅行することなんて許されぬ時でした。しかし一度、私は聖書の背景となっている土地――パレスチナの聖地を見たい、としきりに思いまして「行こう」と決心しました。ところが、行けそうにない一文無しの私が、「志あるところに、必ず道が開ける」と信じて動き出しますと、次々と道が開けて、行って帰ってこれました。「念ずれば花ひらく」というが、祈り念じたとおりに、人生の花も開くものであります。そして、その後、彼の地に十数回も行ってまいりました。

志あるところ道あり

横浜に、私の親しい友人で後藤昌八郎さんという方がおりますが、この方は慶応大学を出て、ある倉庫会社の課長をしておられました。

奥さんが、「いつまでも、こんなサラリーマンじゃ、先が見えているでしょう。早く独立して、何か有意義な仕事をやられたら」と言って励まされましたら、その奥さんの一言に決心して、会社を退職し、私の勧めるままにメタリコンの金属事業を志し、横浜メタライズ株式会社を創立されました。資本もなく、技術者でもない人でしたから、初めは大変でしたが、しかし今は隆々として、事業的にも成功しておられます。この人も確かに「信ずるごとくに成る」というキリストの言葉の証人であると思います。

せっかく人間として、この地上にあなたはお生まれになったからには、人生、失敗して良いはずはありません。あなたは物心両面に、志すところを成就し得てこそ、生まれた甲斐があるというものです。

人生の意味は、自己を実現するにあります。人間、貧乏してもよいが、必ず志すことを成さねばなりません。学問に、研究に、発明、発見に勝利されなければなりません。よき家庭を築くことに、成功なさらねばなりません。そのために大切なことは、全能の神を前にして「信ずる者には、すべてのこと、為し能う」と言って、日々を歩きゆかれることです。

どうぞ「あなたの信ずるごとくに、あなたに成れ」と、私も祈っております。

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『生命の光』791号