エッセイ「カーナビの電源を」

村山悦斎

 「カーナビがおかしくなった!」

 東京湾を横断する高速道路、アクアラインのパーキングエリア「海ほたる」は、ちょっとした観光名所。そこまで海底トンネルをドライブして、もと来た方面に引き返そうとしたら、あれっ、カーナビの画面には、逆方向に進んでいる表示が。

 壊れちゃった!? と取り乱しているうちに、トンネルから地上に出ました。車を路肩に停めて、いったんナビのスイッチを切り、そして「頼む、直ってくれ」と電源を入れなおすと、なんと正常に戻ったのです。

 後日、私はカーナビについて調べてみました。人工衛星から送られてくる電波と、自動車に取り付けられたいろいろなセンサーからの情報とを組み合わせて、目的地へと誘導しているそうです。

 では電波の届かない所では? 自動車のセンサーで、方向や移動距離を測定しているとのこと。なるほど、あの時は電波の届かない地下で、右に左に何度も方向転換しました。型の古い私のナビは、それで混乱して、進んでいる方向を間違えたのでしょう。

 なんだか、普段の自分と重なるように思えました。目的地に行く道がわかっているつもりで突っ走っていても、いつの間にか電波の届かないトンネルに。そこで、せわしなく右へ左へ曲がるうちに、とんでもない方向に進んでいるのかもしれません。

 そんな自分に気がついたら……、電源を切らなきゃいけないな、と思いました。人間のセンサーは一度、完全にストップ。そして、トンネルを出て電源を入れなおすように、自分をリセットする。

 もし、東京と神奈川の境目を流れる多摩川の河川敷で、空を見上げる男を見かけたら、それは頭を空っぽにして、目に見えない電波のような、天からの導きをキャッチしようとしている、私かもしれません。


本記事は、月刊誌『生命の光』796号 “Light of Life” に掲載されています。