私のチャレンジ「立ち上がれなかった自分が」

プロフィール


私は、旅行会社に勤めて2年になります。今は主に、家族連れや個人のお客様の国内や海外、クルーズ船などの旅行の手配をしています。

旅程や保険など考えることが多くて、最初のころは優先順位のつけ方がわからず大変でした。やっと最近、少し慣れて、楽しくなってきたところです。

こうして、私が元気に働けるようになるなんて、以前はとても考えられないようなことでした。

中学2年生のころ、食欲がなくなって、ご飯をほとんど食べられなくなりました。それから、だんだん転びやすくなり、手にも力が入らなくなって。歩き方もおかしいので、入院することになりました。

病院で診てもらうと、「CIDP(慢性炎症性脱髄性多発神経炎)」という末梢神経の難病だとわかりました。当時、20歳以下で発症するのは30万人に1人といわれるほど、稀(まれ)な病気でした。

それまでは普通に学校に行って、野球をしたりしていたのに、突然、手足を全く動かせなくなって、寝たきりのようになってしまいました。

ステロイドの薬を飲んでいましたが、その副作用で、精神的にも不安定になりました。急に衝動的な行動を取ったり、鬱(うつ)のように気持ちが落ちてしまったり。また、顔がパンパンにはれてしまって、家族以外とはだれとも会うことができなくなりました。

車いすでの生活(15歳当時)

周りにいた友達は、高校に進学したりして、どんどん前に進んでいるのに、自分はベッドの上で寝たきりです。「ぼくは一生、立ち上がることができないんだ」と、人生に絶望する時を通りました。

そんな中でも、神様の存在は一度も疑うことはありませんでした。それは私が12歳の時に、明確に神様と出会う体験をしたからです。

病気になる1年前、中学生になる幕屋の子供たちが熊本に集まって祈る、特別な会に参加しました。

手島郁郎先生が神様に召命された、阿蘇のおかまど山で祈っていると、人ではないだれかが、頭に手を置いてくださる感覚がありました。初めて、自分と共にいてくださる神様の存在を感じた時でした。

病気になった後も、あのうれしい経験は消えることがなかったです。だから、「神様、助けてください。もう一度あの喜びを与えてください」という祈りは、魂の深いところにいつもありました。

お医者さんからは、「君はもう一生、歩くことができないかもしれない。今から電動車いすにしたほうがいい」と勧められました。

でも私の中からは、「もう一度歩きたい。立ち上がりたい」という気持ちがわき上がってきたんです。

夜、自分が立って歩いている夢をよく見ました。だから電動車いすにはせず、リハビリを続けました。

また、幕屋の集会では、多くの方が私の足に手を按(お)いて祈ってくださいました。会ったことのない若人たちも、「祈っています」と書いた色紙を送ってくれて、多くの祈りに支えられていることはいつも感じていました。

病気になって5年後のこと。幕屋の全国聖会で、私は会場の後ろに座っていました。そこである方が、「暗やみのような最も困難な時、神様が祈りにこたえられないと思うような時にも、私たちはなお祈りつづけるのです」と話された言葉が、心に響きました。

リハビリを続けていても、なかなか希望が見えず、祈る気持ちがわかない中でしたが、その時は必死に、神様に向かって祈りました。そうしたら不思議と、心に喜びがわいてくるのを感じたんですね。

杖を突いて歩く(18歳当時)

その数カ月後、突然、足に力が入って立てるようになりました。それまでいつも車いすで生活していたのに、どんどん回復していって、2本の杖(つえ)で歩けるようにまでなったんです。ずっと見てくださっていたリハビリの先生も驚いていました。

その時、「歩けることがこんなにもうれしいんだ」と、言葉では言い表せない喜びが込み上げてきました。絶望の中でも、神様は私に希望を与えつづけて、もう一度歩けるようにしてくださった。ほんとうに、神様への感謝がわいてなりませんでした。

その後、短期大学に入学することができました。バリアフリーではない学校で、初めは通えるかどうか不安でした。でも、杖を突いて一段一段階段を上りながら通い、多くの友を与えられ、学校で学べる喜びを感じました。また、卒業するころには足も強められて、杖を使わずに歩けるようになりました。

今でも、膝(ひざ)から下は自由に動かすことができなくて、手にも少し不自由が残っています。健常者の同僚と働いていると、自分にはできないことも多くあって、悔しい思いをすることがあります。

特に、団体旅行の添乗についていくということが、私にとってはハードルが高い仕事でした。長距離を先導して歩くのは、とても自分には無理だと思っていました。

でも、年に一度行なわれる経営層と社員との意見交換会で、本社の偉い方に「私は足に障害を抱えていますが、何とか添乗に行くことはできないでしょうか」と、思い切って言いました。すると、「行ったらいいじゃないか」と言ってくださったんです。

それで、この1月にはサポート添乗員として、高校の修学旅行に同行することができました。280人の高校生たちと一緒に、スーツケースを抱えて歩き、ホテルでトラブルに対応するなど、普段の仕事とはまた違って大変でしたけれど、すごく楽しかったです。

駅でお客さんを迎える

今は、「患難は忍耐を生み出し、忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出す」(ローマ人への手紙5章)という聖書の言葉に励まされています。

希望のない、やみの中からも救い出してくださる方がおられる。そう思うと、身体(からだ)が不自由なことも忘れてしまうくらい、いろんなことに挑戦して、行動する力がわいてきます。

これからの人生、キリストを証しして、大きな困難をも乗り越えていきたいです。


本記事は、月刊誌『生命の光』878号 “Light of Life” に掲載されています。

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