聖書講話「恩寵による救い」使徒行伝5章15~21節

キリスト教は博愛主義で道徳的である、と一般には考えられています。しかし、道徳的な努力をしたからといって、聖書に書いてあるような魂の救いに至ることができるでしょうか。聖書における神の救いとは、人間の資質にかかわりなく一方的に恵むという「恩寵(おんちょう)」によるものです。
今回は、手島郁郎が伝道への召命を回顧しつつ、神の恩寵について語っています。(編集部)

今まで使徒行伝で学んだのは、初代教会の使徒たちがいかに聖霊に満たされて生きていたか、ということです。わけてもペテロは、異常なほどに御霊の力を帯びておりました。

ついには、病人を大通りに運び出し、寝台や寝床の上に置いて、ペテロが通るとき、彼の影なりと、そのうちのだれかにかかるようにしたほどであった。またエルサレム附近の町々からも、大ぜいの人が、病人や汚れた霊に苦しめられている人たちを引き連れて、集まってきたが、その全部の者が、ひとり残らずいやされた。

使徒行伝5章15~16節

彼がエルサレムの町を歩いているのを見ると、たくさんの病人がその影にでも触れさせてほしいと願ったといいます。

ペテロを見ると、彼のもっている不思議な力はえらいものだなあと思う。しかしペテロは、「自分の力でいやしたのではない。もし不思議なことが起きたならば、それは今も生きているキリストが働かれたからだ。キリストの御名を呼ぶと、こんなことが起こるんだ」と申しました。この信仰が、非常に不思議な働きをするんです。

私たちは自分の信仰が弱っているような時に、どうしたらその信仰を生き生きとした、active(アクティブ 行動的)なものにすることができるのか。一つの工夫としては、神の人に出会うことです。ペテロのような人に出会うと、何か信仰に確信をもつような気がする。またそのような時には、不思議なことが起きます。

これを神学的には、「spiritual point of contact(スピリチュアル ポイント オブ コンタクト)霊の接触点」と申します。電灯は、スイッチを入れると電流が流れてきます。切ってしまえば、コンタクトしません。同様に私たちの上にも、何かのきっかけを通して神の霊が、恵みが、ガッと流れてくるんです。

それで、歩いているペテロの影にでも触れたならば、と切実に求める気持ちが起きた。そのような時に、神の霊もまた働くということです。

何が接触点になって救われるか。ペテロの影の例ばかりでなく、いろいろあります。

12年間、血漏を患った女は、イエス・キリストの御衣の裾(すそ)にでも触ったら、あるいはいやされるかもしれないと思って、衣に触った。そうしたらイエス・キリストは、「わたしから力が出ていった!」と言って、神の霊が、恵みの力が、ご自分から急に出たことを感じられた。着物は物質で、霊ではないのですから、そんな働きをするはずはありません。しかし血漏の女が、治療のために財産を使い果たして、ほとほと頼るものがなかった時、こっそりキリストに触った。そしていやされた、という記事が福音書にあります。

信仰とはどういうことか。それまでもその女には、いやされたいと求める心はいっぱいありましたが、救われませんでした。しかし、イエス・キリストの御衣の裾に触ってでもいやされたい、というくらい切実な思いをもった時に、神の力がガッと”イエスの御衣を通して”出たんです。ここに福音というものの秘密があります。

特別な神の寵愛

多くの人は「キリスト教は博愛主義である。神は愛なり。この神の愛を説き、実践するのが信仰だ」と言います。そうかもしれぬ。しかし私は、そうではないと思います。博愛主義といったもの、またそれを実践することが、私たちを救いません。

大事なことは、神様はほんとうに信ずる者に特別の恩寵をお授けになるということなんです。特別の愛というか、特別の恵みを授けなさる。確かに人を救うことにおいて神の愛は一視同仁ですよ。しかし、人が自分を持て余して苦しみ、救いがたい状況になった時に、「神様!」と言って頼ってゆきますと、その場合に、神様は特別の愛を示したもう。

昔、明治・大正初期の聖書には、「恩寵(めぐみ)に恩寵を加へらる」などと書いてありました。ところが、大正時代に聖書が改訳されてから、「恩寵」という字の代わりに「恩恵」を使うようになりました。だが、この原語「χαρις カリス」というギリシア語は「恩恵、恵み」というよりも「恩寵」と訳したほうがいいんです。カリスとは、ただの普遍的な愛のことではありません、「特別な好意をもって恵む」という意味です。

「神の寵児」という言葉があります。寵児とは、特別に恵まれている者のことです。また、たとえば王様が、女がたくさんいる中で一人を「寵愛する」などと言うと、嫌な言い方かもしれません。しかし、私が救われたのは、神様に寵愛されたからです。人の目にはツマらぬ男と見えるかもしれませんが、神は罪深い私を寵愛されたんです。

神が特別に顧みてくださる。神の愛は、special favor(スペシャル フェイヴァー 特別な恵み)です。ですから、「神は愛である、一視同仁の公平な愛である」という公式的な一般真理を説くことではないんです。一般道徳だったら救われません。特別な何かがあるから救われるんです。

仏教には「善因善果(ぜんいんぜんか)、悪因悪果〔善いことをすれば、善い報いがある。悪いことをすれば、悪い報いがある〕」という言葉がありますが、そのような一般的な原則といったものは、生まれつき立派なお方にはけっこうでしょう。しかし、私のように生まれつき出来の悪い人間は、一般的道徳、一般的真理では救われないんです。

ですから、使徒パウロは言いました、「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である」(エペソ人への手紙2章8節)と。あなたがたが救われたのは己(おの)が力によらなかったのだ、というときに、その信仰とは何でしょうか? 神の恵み(恩寵)にすがる信仰です。一般的な、「神は愛なり」という真理を信じて救われたのではない。

「例外は原則を証明する」というローマ法以来の法律学の考え方がありますが、一般の法則に対して必ず例外規定を設けなければ法律は完全ではない、といわれます。

例外ともいえる一方的な恩寵によって救われるから、福音なんです。それで、恩恵というよりも恩寵という言葉がよい。依怙贔屓(えこひいき)といったら極端かもしれないが、とにかく、神様は私のような者を依怙贔屓して救ってくださったとしか言いようがない。

「あのペテロさんを見ると、不思議な人だなあ」と思って、ペテロにあやかりたいと願う気持ちが、ついにある例外的真理を発見するんです。単なる理屈ではありません、あるリアリティー(実在)、例外的なリアリティーに触れて、ハッと嫌な思い、悪い性質が流れ去ってしまう経験があるんです。恩寵によって救われるとはそういうことです。

私は神の恩寵によって救われた。この恩寵に触れ、恩寵の世界に入ってしまった者が真のキリストの信者なのであって、一般的な宗教原則などをどれだけ信じたって、救われません。それは福音とは言わないんです。私たちは、恵まれた神の人を見て、「あの人は、あのように不思議な働きをしておられる。神様、どういうことでしょう?」と言って切なる求めがありますと、ついに自分もその例外規定の中に、恩寵の世界に入ってしまいます。

手島郁郎が神と出会った阿蘇の山々

ただ神の恩寵を記念して

この11月、阿蘇で「幕屋ペンテコステ記念聖会」(注1)を開きます。私がキリストに召命を受けた阿蘇の山で、20年前、集会をしました時、端なくも皆が聖霊に打ち倒された経験をした。その時からこの幕屋運動が始まりましたから、私はそれを記念したいんです。自分の力で、こんな伝道が繰り広げられたのではないんだ。神様が特別な方法を用いたもうたから、私たちはこうして集められ、救われたのです。アメリカや世界各国からもやって来られるようなグループができたのです。

これは人間の業(わざ)であるとは思わない。また思いたくないから、いつまでも記念するのです。神様が私たちを、絶望に喘(あえ)いでいた者を不思議な方法で導いてくださった、この特別な神の誼(よしみ)、おぼし召し、スペシャル・フェイヴァーを記念しているだけのことです。

このような特別な恵みともいうべき何かは、特別であって一般的な真理ではないから、だれもが考えてわかるものではないわけです。その”何か”にあやかりたいと思って、教友たちが阿蘇の地獄高原などに次々と登ってゆかれた。そうすると、また同様な、不思議な回心の経験を得て、山を下りてこられた。何人もそういう方を私は知っております。

広島にフォスター・大橋民代さんという人がおります。もう7~8年ほど前でしたか、この人が突然、熊本の私の所に訪ねてこられたことがあります。アメリカの軍人と結婚した方ですが、生まれたかわいいお嬢さんは小児麻痺(まひ)になり、間もなくご主人は交通事故で先立ってしまうという、つらい運命に呻(うめ)いておられたのでした。

その時は、たばこをふかしながら、「按手(あんしゅ)して祈ってくれ。私の子供は小児麻痺で苦しんでいる」と言って、初対面から無礼な頼み方をする。外面(そとづら)では虚勢を張って生きている。こういう人は、女だからといってただ優しくお説教をしたってわかりはしません。

尋常な方法では彼女の魂を正気に戻せぬと思って、阿蘇の垂玉(たるたま)で滝浴びをさせました。そうしたら滝の中で、初めて「天のお父様!」と必死に神様に祈りだした。帰ってきたら、すっかり見違えるようになっておられた。そして、信仰を真剣に求めるようになられました。今では信仰一途に凛々(りり)しく生きていなさる。

何がそうさせるか。普通の道徳を説いたって、そんな変化は起きません。しかし、垂玉の滝で、何か切なる求めを感じました時に、フォスター・民代さんは人格一変して、魂のどん底から神を慕い喘ぐ人に変わられました。

このように次々と、阿蘇の山に行かれるだけで変わって帰ってこられた人たちが、そのころたくさんいました。彼らにとって阿蘇の山は、”一つの霊の接触点”だったんです。手島がそこに行って変わったのなら私も変われるかな、と皆さん思われたからでしょう。恩寵の宗教ということがおわかりになるならば、これは理解できることです。

「神は愛である、普遍的な愛である」といった一般的な原理原則で救われると思う人は、どうぞ救われてくださいと私は言うんです。生まれつきの良い人はいいでしょう。しかし、私のように生まれつき出来損ないの人間は、どうやって救われるか。だが、神様がこんなみじめな者をほんとうに愛したもうという、もったいなくてたまらない経験に入ったんです。

使徒行伝は、徹底的に”恩寵の宗教”を説いているんです。信じた人たちが皆、どうしてこの福音からくっついて離れないのかというと、普通の人が発見しない、あるものを知ったからです。それに贖われたからです。

(注1)幕屋ペンテコステ

1950年11月、熊本の阿蘇・垂玉で、幕屋の特別集会が行なわれた。その時、使徒行伝2章にあるペンテコステのように、集った60名に聖霊が降った。

悪因縁を断ち切るもの

キリストの宗教を一口に言ったら、神様は天の父である、ということです。地上の肉の父親と違って、天の父は愛の神様である。しかし、父親が時には怒るように、神様は恐ろしい一面もあります。ただ「よし、よし」と言って宥(なだ)めるような愛ではありません。

福音書を読みますと、イエス・キリストは何十回と「天のお父様」と祈っておられる。恵まれた時に「お父様」とはだれでも言えるでしょう。しかしキリストは、ゲッセマネで追っ手が捕らえに来るという恐ろしい時にも、「お父様! お父様!」と祈っておられる。

また、皆から見捨てられたと思われるような十字架上でも、「父よ! 彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」と言って、自分を十字架につける者たちのために執り成された。十字架につけられ、こんな、神も仏もあるものかと思うような時、なお「父よ!」と言いえた主イエスは、ただの神様ではない、よほどの恵みの神様を知っておられたからこそ、地獄のどん底のような苦しみのさなかにも、他のために執り成し、祈ることがおできになった。

その時、主イエスの横で磔(はりつけ)にされていた強盗の一人が、「あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、私を思い出してください」と言った。イエスも「なんじ、今日、我と共にパラダイスにあるべし」とお答えになりました。

強盗でも、神を信じる心、キリストを信じる心があります。一方、世の中には、金をいっぱいもっているから強盗こそしないでしょうけれど、キリストを信じたり、念仏したりする人に対して「なんだ」と言って馬鹿にする人がいます。あの世で、どちらが神の近くに行くかと、皆さんはお思いですか? 罪のボロボロの身ながらも、「神様! 何とか救われたい」と叫んだ者のほうが、天に近いんじゃなかろうか。

普通の考えでしたら「善因善果、悪因悪果」でして、盗人は天国に行きませんよ。だが、キリストが「おまえは、今日、わたしと共にパラダイスにある」と言われた時に、今までの悪因縁(あくいんねん)を断ち切る何かがあったんです。一般法則でない何かが働いたんです。

使徒パウロも言うように、私たちは罪深い人間であるけれども、イエス・キリストが十字架上に流された血、キリストの生命、キリストが送りたもうた聖なる霊が私たちを救うのである。これはパウロの考え方であり、また聖書が一貫して主張していることです。この聖なる霊が注がれると、私たちの心にとぐろを巻いていた蛇のような性質が、すっかり打ち砕かれてしまう。こういう特殊な恩寵がないならば、私は救われませんでした。

天使に助けられて

そこで、大祭司とその仲間の者、すなわち、サドカイ派の人たちが、みな嫉妬(しっと)の念に満たされて立ちあがり、使徒たちに手をかけて捕らえ、公共の留置場に入れた。ところが夜、主の使いが獄の戸を開き、彼らを連れ出して言った、「さあ行きなさい。そして、宮の庭に立ち、この命の言葉を漏れなく、人々に語りなさい」。彼らはこれを聞き、夜明けごろ宮にはいって教えはじめた。

使徒行伝5章17~21節

ユダヤ人の宗教家であるサドカイ派(注2)の人たちが、ペテロのカリスマ的な働きを見て、嫉妬の念に満たされた。本当なら、今、ついに旧約時代の預言者のようなカリスマ的人物が現れたかといって、喜んでペテロたちを立てるべきですのに、サドカイ派の人々はかえって嫉妬の念に満ちたと書いてあります。「こんなのが出てきたら困る。エルサレムの市民がそれになびくようでは、ほんとうに困る」と思ったのでしょう。18節を見ると、使徒たちに手をかけて捕らえ、公共の留置場にぶち込んでしまった。

そのため、12人の使徒がみんなつながれた。最初は、美しの門の前の事件で、ペテロとヨハネが捕まりましたが、今度は12人の使徒全員が捕まりました。小さな初代教会で、幹部が12人捕らえられたらどうなりますか。12人いっぺんに一網打尽にやられたんだから、エルサレム教団もこれで御破算だ、壊滅したな、と思うところです。

ところが夜、神の天使が現れて、「さあ、牢(ろう)から出よ」と命じた。そして、ただ逃げるのでない、「もう一度、エルサレムの神殿の庭の真ん中に立って、生命の言葉を語れ」と言うんです。これが天使の命令でした。そして、彼らは神殿の庭で民を教えたという。

このところで一つの役割を果たしたのは、主の使い、天使です。今の多くの人は、天使の働きを信じません。しかし、不思議なものが働く時があります。そうでないとこんなことにはならない、と思う出来事があります。

(注2)サドカイ派

パリサイ派と並ぶ、新約聖書時代におけるユダヤ教の党派の一つ。エルサレム神殿の権威を背景にした祭司や、貴族階級が多く属した。死者の復活や天使の存在などは認めない。紀元70年の神殿崩壊の後に消滅した。

逆境に現れたもうキリスト

私にも同様の恩寵があったから救われたんです。終戦後、熊本でアメリカ軍政府の教育担当の軍政官ピーターゼンと、法務担当官のビッグス大尉が協議して、私を禁錮2カ月に処する、という軍政府命令を出しました。私は何も悪いことをしたわけではない。ただ、息子の通っていた小学校の廃校問題で、軍政府に盾突いただけです。だが、こんなことになろうとはと思った時に、身も世もありませんでした。警察署長が、「手島さん、逃げたがいいよ。進駐軍は何するかわからんからなあ」と言いますから、阿蘇に逃げたんです。(注3)

その時は、ほんとうにせっぱ詰まっていました。いつMP(米軍憲兵)が手錠をかけに来るかと思ってオロオロしておりました。しかしその時に、私を訪れた者は生けるキリストでした。祈っていると、急に周囲がまばゆくなって、青草の上にかげろうが立っているのか、何かゾクゾクする神秘な気持ちになった時に、キリストは私を保護すると約束したもうたのです。そして、ほんとうにそうでした。その後、山から下りて家に帰りましたが、そのままずっと何事もありませんでした。ありえないことがあるものです。

そのために警察署長などいろいろな人がかばってくれた。天使役をしてくれた。占領軍政府の命令をも無効にしてくれる人たちが、周囲に取り巻いていたことになる。彼らは何も手島のお先棒を担いだわけではない。神様がそういう人たちに働きかけたとしか、私には思えません。ほんとうに使徒行伝そのままです。特別の恩寵を蒙(こうむ)ったと今も思います。

私は、天使がいるかいないか、そういう議論はしません。米軍占領下の日本において、最も強い権限をもっていた軍政府。その軍政府より偉大な者が私を庇護(ひご)していなかったならば、あんなことはありえませんでした。私はそのように苦しめられましたが、逆境の中でも働いてくださるキリストを知ったことがありがたいでした。

そして、20年たちました。神様は、そのような変則的な方法で私を伝道に駆り立てておしまいになりました。今も神は生きていましたもうことを、ご自身証ししておられます。

神は霊ですから目には見えません。しかし、人間にはだれにでも信ずる心というか、宗教感覚があるものです、それが眠っていようが働いていようが。この霊的感覚がだんだん冴(さ)えてきますと、ありありと神を、キリストを見たてまつることができるものです。

また、神が私たちに何かをしようとしておられる。そして、目に見えないものに助けられる経験があります。天使は私たちと共におり、私たちを助けるために、神はある場合、特に天使をお用いになります。天使は礼拝すべきではありません。しかし、神の使いとして、神の手となって働く者があります。その霊が働いて、ある人を通して私たちを助けようとする。この経験というものは実にありがたい恩寵の経験です。

皆さん、普通の宗教経験をしていても駄目です。神様、私も神の寵児、恩寵の子となりたい。寵児とは、神が特別に恵まれた人のことをいうんです。恵みというのは一般的通念ではありません。一人ひとりに神のなされ方が違います。ですから感謝です。

皆さんも、「神様があの時、あんなに変則的方法で私に処置をしてくださらなかったら、とても今の自分はなかった」と思うことがあるでしょう。このカリスという恵みがほんとうに結晶しはじめると、カリスマタ(賜物)といって不思議な天の才能を帯びてゆきます。どうぞ、恩寵の子となりとうございます。

(1970年)

(注3)手島郁郎の召命

阿蘇での潜伏は1948年5月のことであった。この時、「なんじ右に行くも左に行くも、その耳に、これは道なり、これを歩むべしと後ろべにて語るをきかん」との御言葉を聴き、手島郁郎は独立伝道に立つ決心をした。


本記事は、月刊誌『生命の光』881号 “Light of Life” に掲載されています。

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