聖なる歴史を担う者 第1回

聖書の宗教を奉ずるユダヤ人は、地上における歴史を問題にし、それに取り組んで、しぶとく生きている民族です。極めて現実主義的です。また、歴史というからには、単なる「時の流れ」ではありません。ある場所と民族社会に起こりゆく変化を非常に重大視し、意味をもって考えているのです。彼らは、時と場所を抜きにして、架空な話はしません。

ですから聖書を学ぶのに、抽象的な哲学や神学の勉強をするように聖書を読んだってわからない。神の摂理――神の約束とその実現――の信仰は得られません。

今日はそのことを、ヨハネ伝11章45節以降を読んで学んでまいります。これは、イエスが死んだラザロを蘇らせる奇跡をなさった後の出来事です。

なぜ「時」を強調するのか

マリヤのところにきて、イエスのなさったことを見た多くのユダヤ人たちは、イエスを信じた。しかし、そのうちの数人がパリサイ人たちのところに行って、イエスのされたことを告げた。そこで、祭司長たちとパリサイ人たちとは、議会を召集して言った、「この人が多くのしるしを行っているのに、お互いは何をしているのだ。もしこのままにしておけば、みんなが彼を信じるようになるだろう。そのうえ、ローマ人がやってきて、わたしたちの土地も人民も奪ってしまうであろう」
彼らのうちのひとりで、その年の大祭司であったカヤパが、彼らに言った、「あなたがたは、何もわかっていないし、ひとりの人が人民に代って(原文は「~のために」)死んで、全国民が滅びないようになるのがわたしたちにとって得だということを、考えてもいない」。このことは彼が自分から言ったのではない。彼はこの年の大祭司であったので、預言をして、イエスが国民のために、ただ国民のためだけではなく、また散在している神の子らを一つに集めるために、死ぬことになっていると、言ったのである。

(ヨハネ伝11章45~52節)

49節に「その年の大祭司であったカヤパが」とありますが、どうしてこのように書いてあるのでしょうか。このカヤパは紀元18年から36年まで大祭司を務めておりました。ですから、「その年の」というより「その年も」カヤパが大祭司であった、という意味です。

聖書は、イエス・キリストが十字架にかかられた年が、ただの年ではない、非常に大事な意味をもっている、と考えています。キリストが十字架にかかって亡くなったが復活された。そして弟子たちに聖霊が臨んだペンテコステの出来事によって、人類に新しい次元が開かれた。すなわち、聖霊に満たされた新しい人間が続出しつつあったことから、「その年」という言葉は非常に大事なのです。

神の歴史を体で感じる

ヨハネ伝の記者は、歴史の決定的な瞬間である年を忘れません。「その年」とあるのはこのためです。こういう言葉がわざわざ使われているのは、「時」の概念を重視して聖書を読むことが非常に大事だからです。マルコ伝1章でも、「時は満てり、神の国は近づけり」と、キリストの伝道の第一声を書きだしています。

西洋のキリスト教は、ギリシア人の思想の影響を多く受けています。

元来、ギリシア人は観念的な人種でありますから、概念的思弁をすることに長じています。今も、アテネの旧王宮前の広場にでも行きますと、朝からたくさんの人たちが、ぺちゃくちゃ喋りながら茶飲み話をやっています。悪く言えば観念的な遊戯をしているわけですが、それが哲学といったものにまで発達してきたのです。

それに対して、ユダヤ民族は歴史を問題にします。人間の問題に、歴史を通して神が直に答えている。神が書物の上だけでなく、歴史の上にも筆を執ってそのご計画を書き記し、諸国民の中に「聖なる摂理の歴史」が進行しつつある、という立場に立って宗教を考えているのです。

彼らによって書かれた聖書は、それぞれの時代を通して、歴史の方向と戦う者、すなわち聖なる歴史の担い手となる者たちに読まれるべき書物です。否、神の歴史のために戦う者たちにのみ、本当の意味で理解できるのです。私たちは小さいながらも、キリストの聖なる歴史を体当たりで書くことをしなければなりません。

歴史といえば、何か大言壮語するように聞こえるでしょう。だが、政治や戦争、文明の歴史、そんなものばかりが歴史ではありません。お互いの短い生涯でも一つの小さな歴史です。生活の歴史です。

熊本市辛島町の二階座敷の集会室

この原始福音運動を思っても、私が神の召命を受けた阿蘇の地獄高原、また伝道を始めた辛島町88番地、否、少年時代、初めてキリストにお出会いした熊本バプテスト教会の外庭から始まって、今や全日本にこの幕屋が成長しました。やがて世界にも及ぶでしょう。

 もし、この辛島町のあばら家の二階座敷から歴史が始まるということになると、どうでしょう。歴史の足音を身近に感じませんか。私たちは、この時間の砂原に足跡を残そうではありませんか。小さくとも神の英雄らしく生きて、時の砂上に足跡を残すところに人生の意味があるのです。もちろん、一人では歴史になりません。全国の幕屋の民で、皆で書き上げるのです。

一人ひとりの血と涙で読む聖書

 歴史というものは、時間における出来事のある特殊な見方をいうのですから、どのようなものでも歴史となります。たとえば、わが家の3代続いた物語を書くならば、それはスモール・ヒストリーながら、わが家の歴史です。
 聖書は、社会的、歴史的な生活を通して書かれています。そして社会は個人個人を含むものなので、一人ひとりの血と涙と喜びと戦い、それらを通して学ぶ書なのです。

 ですから、「その時」などという言葉が問題になるのです。宗教に歴史なんかいらない、神学だけでよいと思いがちですが、そうはゆきません。聖書は、時の流れの中で、人間に起きた出来事を通して学ぶものだからです。これを知らない者は、自分の頭だけで考えた独りよがりの観念的な信仰になるのです。それでは、現実の生活に対して何の力にもなりません。

 皆さん一人ひとりが神の歴史の担い手であると思うならば、「神様、どうか私たちを用いて歴史を書かせてください」という祈りが湧きます。

 今の西洋流のキリスト教は極めて個人的ですから、そこに歴史というものがない。だが私たちは、一人ひとりが共に神の歴史を綴ろう、と思うと考え方が違います。また、伝道的になります。ここに聖書の読み方の大事なポイントがあります。頭で読むのではなくて体で読むのです。私たちの現実の生活、環境の中で読んでゆけるのです。その時に聖書がほんとうに身についてきます。それを無視して独りぼっちで、教会に行って儀式にあずかったり、考え事をしたりするのが信仰ではありません。

 このように、ヨハネ伝が「その年の大祭司であったカヤパが言った」とわざわざ言うのは、歴史的にエポックメーキングな出来事を意識するからです。

(1963年)