童話「天国のひとみ」

 潤子さんが生まれたのは、日本がとても大きな戦争をたたかっている時でした。

 そのころの日本は食糧不足で、お母さんは潤子さんが生まれる前、栄養が足りないうえに、肺結核という病気にかかっていました。

 医者は、「そんなに弱っている体で赤ちゃんを生んだら、あんたが助からんよ」と言います。でもお母さんは、「わたしはどうなっても、絶対にこの子を生みます」と言って潤子さんを生み、その2カ月後に、医者の言ったとおり、衰弱して亡くなっていったのです。

 お父さんはもらい乳をして潤子さんを育てましたが、潤子さんが2歳の時に戦地に行き、二度と帰ってくることはありませんでした。潤子さんは、おばあさんの家で育てられました。

 戦争が終わり、潤子さんはとても元気に育っていました。両親はいませんでしたが、そのころは親を失った子供が多くいましたから、とくにさびしいと思うことはありませんでした。

 ところが、小学校に上がると、自分が周囲の子供たちとちがっていることに気がつきました。

 「はい、これをみんなで読みましょう」

 先生が黒板に字を書きます。

 「あさだ おはよう」

 みんなが声をそろえて読んでも、潤子さんには、黒板の文字がよく見えないのです。教科書の文字も、本に目をぐっと近づけなければ読めません。潤子さんの席は、最前列の、さらに前に置かれることになりました。

 「潤子は、こんな変なかっこうじゃ」

 休み時間になると、男子たちは潤子さんが本を読むようすをまねしてゲラゲラ笑いました。

 学校帰りに「おい、潤子」と呼ぶ声がするのでかけていくと、ボチャッと田んぼの水路に落ちました。すると男子たちが、「落ーちた、落ちた」と言って笑うのです。そういうことが、毎日のように起きるようになりました。

 潤子さんは家に帰ると、大好きだったおばあさんにすがりついて、「おばあちゃん、何でわたしを育てたの。何でわたしを死なせてくれなかったの」と言いました。そんなとき、おばあさんは何も言わずに、ただ潤子さんを抱きしめて、いっしょに泣くのでした。

 おばあさんの家の裏山には、潤子さんの両親のお墓がありました。潤子さんは、もう生きていくのもいやだと思ったときには、決まってこの山に行きました。そして、お墓の前に座って、「お願いだから、わたしもお父さん、お母さんのそばに連れていって」と言って泣くのでした。

 中学1年生の夏のこと、潤子さんのクラスに和代さんという転校生がやってきました。和代さんは骨肉腫(こつにくしゅ)という骨の病気にかかっていて、上手に歩くことができません。歩くときは、

 「痛い、痛い」と足の痛みをこらえていました。

 でも、いつも明るいのです。

 「これからは、わたしが潤子さんの目になってあげる」。和代さんは、潤子さんと大の仲良しになって、手を引いていっしょに歩いてくれるようになりました。

 男子たちは、今度は、2人いっしょにからかいはじめました。でも和代さんは、「ほうっておきましょう」と知らんぷりです。

 「どうして和代さんは、つらい病気なのに、そんなに明るいの?」と、ある日、和代さんの家に行ったときに、潤子さんは聞いてみました。

 「わたしね、亡くなったお母様から、お祈りを教えていただいたの。祈ると、イエス様がそば近くに来てくださって、とてもうれしくなるのよ」

 「そんなにうれしくなるのなら、わたしにもお祈りを教えて」とお願いすると、「じゃあ、いっしょにお祈りしましょう」と言って、和代さんは祈りました。

 「イエス様、いつも私といっしょにいてくださって、ありがとうございます。どうか潤子さんにも、あなたがお出会いくださいますように」

 そして、「このイエス様の言葉、潤子さんにぴったりだと思うの」と言って、聖書を開いて、イエス様の言葉を読んでくれました。

 目はからだのあかりである。だから、あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいだろう。

 「わたしは目が悪いのに、どうやったら目が澄んで、全身が明るくなるのかな」。潤子さんはそう思いましたが、その言葉を大切に心にとめました。

 それからすぐ、和代さんはとてもむずかしい手術を受けました。でも手術後の経過が悪くて、和代さんの命が危ないということを潤子さんは聞きました。潤子さんはその日、精いっぱい、心をこめて神様にお祈りしました。

 「神様、どうか和代さんを助けてください」

 祈っているうちに、涙があふれてきました。

 その夜のことです。床に入っていると、「潤子さん」と呼ぶ声がします。顔を上げると、そこには、きれいな花がたくさん咲いていて、白い服を着た和代さんが言うのです、「ほら見て、わたし、走っているのよ」と。

 和代さんは、潤子さんの手をとって、「こちらよ」と言ってかけだしました。

 すると突然、目の前に立つかたがいました。

 「あっ、イエス様だ」。輝く姿に、潤子さんはすぐに、はっきりとわかりました。

 イエス様は和代さんを抱き上げたかと思うと、次の瞬間には、潤子さんも抱きしめました。体じゅうが熱くなって、潤子さんの目からは、温かい涙があふれ出てきます。うれしくてうれしくて、潤子さんは声を上げて泣きました。

 しばらくして、おばあさんの、「潤子」という声で目が覚めました。涙でぬれた目を開けると、おばあさんの顔が、はっきりと見えるではありませんか。思わず、「おばあちゃん」と言って首に抱きつきました。

 「わたし、見える! おばあちゃんの顔が見える」

 「本当かい、それは驚きだね。きっと和代さんが、天国に病気をもっていってくれたんだね」と、おばあさんは言いました。

 「えっ、和代さん、天国に行ったの?」

 「今、お父様から連絡があったのよ」

 潤子さんはびっくりしました。でも、自由に走り回って、イエス様にいだかれている和代さんの、あの姿を思い出したら、不思議と悲しくはありませんでした。

 潤子さんの目は、それからもよくなったり悪くなったり、いろいろです。でも目を閉じると、いつもあの夜と同じ、輝くイエス様の姿が、はっきりと見えます。すると潤子さんの両目からは、涙がぽろぽろっとこぼれてきて、どんなにつらいときでも、喜びでいっぱいになるのです。

(おわり)

文・こくぼ そろもん
絵・やまもと くみこ

※このお話は、広島幕屋の橋本潤子さんの体験をもとにしました。