信仰の証し「天のビートに身を委ねて」


アルコール依存症のどん底で知った真実な祈り

私は80歳を過ぎた今も、マサチューセッツ州ケンブリッジ市で音楽の講師をし、またジャズ・ドラマーとして活動しています。

私は、クラリネットを練習していた兄の影響で、音楽に興味を抱きました。そして、兄がもっていたジャズのレコードを一緒に聴いているうちに、心に火が点(つ)いたのです。

私は家族が大好きでした。でもその絆(きずな)は、アルコールによってひどく傷つけられました。父は第2次世界大戦中、軍医としてニューギニア島に行きましたが、戦争のことには固く口をつぐんでいました。父の負った心の傷は、アルコール依存症となって表れたのです。

父は、酒が家族の苦しみの元凶だとわかっていましたが、理性でコントロールすることはできませんでした。そして兄もまた、アルコールの問題を抱えるようになったのです。父も兄も、私にとって、仰ぎ見る存在でした。それなのに、アルコールは家族にさまざまな深い影響を及ぼしていったのです。

私の家族は教会に通っていました。しかし、信仰と現実とがかみ合わない両親を見ているうちに、私の信仰は揺らいでいきました。そして、「両親を別れさせないでください」という祈りが実ることなく、私が中学生の時に両親が離婚すると、私のかすかな信仰も消え失せてしまいました。

心にしみ込む言葉

それからは音楽だけに情熱を注いで、ジャズ・ドラマーとして成功をつかむことができました。しかし、血は争えなかったのです。アルコールが人生にどのような影響を及ぼすか、嫌というほど知っていたのに、私もまた、そのために離婚する羽目になりました。

その失敗をだれのせいにも、何のせいにもすることはできません。心の苦痛を和らげるために、私はますます酒に溺(おぼ)れていったのです。

仕事にも支障が出てきました。「今晩はシラフで現れるのか?」と心配され、仕事仲間に信用されなくなりました。自分では気持ちよくたたいているつもりでも、周囲はひどい演奏に気づいていました。

あまりにアルコール依存症がひどくなった私は、患者たちの自助グループに助けを求めたのです。そのおかげで、それから20年以上、飲まずに過ごすことができました。

ある時、私は日本で音楽を教える機会があり、そこで現在の妻である友歌(ゆか)と出会いました。彼女はそのすぐ後に、ピアノを学ぶためにボストンに来て、私たちは友人になったのです。

しかしその後、私は重大な過ちを犯しました。再び飲みはじめたのです。飲酒運転で逮捕され、車も免許証も取り上げられて、3カ月、家に閉じこもっていました。

私はすっかり混乱していて、そのころのことはよく覚えていません。そんな時、友歌が私に、手島郁郎がアメリカの詩人ロングフェローの「A Psalm of Life (人生の詩篇)」(注)を説き明かしている講話の翻訳をくれました。

それを読んだ時、私の心は揺り動かされました。「人生の詩篇」という詩は高校で読んだことはありましたが、初めてその言葉が心にしみ込んできました。

英語を母国語としていない日本人が、どうしてアメリカの詩人の心に入り込み、深い意味を説くことができるのだろう……。

手島郁郎は語りかけます、「人生の広いステージに立つ時だけでなく、野に枕するような境遇にあってもヒーローであれ」と。

まさに、人生で最低の、野に枕するような時を過ごしていた私でしたが、立ち上がって前に進んでいこう、と心が変えられました。

この素晴らしい講話と出合って、私はハートに力を取り戻しはじめました。また、友歌に励まされて、一緒に祈るようになりました。

(注)A Psalm of Life(人生の詩篇)

19世紀のアメリカを代表する詩人、 H・W・ロングフェロー(1807〜1882年)の詩。A Psalm of Life(人生の詩篇)の全文と、英詩朗読の音声は、こちらをクリック。

真実な祈り

妻の友歌さんと

ある時、友歌が幕屋の友人に会いに行こうと誘いました。あの詩を説き明かした方と同じ信仰をもつ人に会えると思うと、興味をそそられました。

行った先は教会ではなく普通の家で、そこに住む四宮誠一さんという方が迎えてくれました。フレンドリーな笑顔には、内面の輝きと温かさがにじみ出ていました。

奥さんの手作りの夕食を頂き、その後で祈りました。それは荘厳なミサではなく、シンプルな感謝の祈りでした。しかし私は、聖なる雰囲気にすっぽり包まれて、目から涙があふれてきました。

それから、そのお宅での日曜集会に出席するようになりました。教会に行っていたころは、牧師一人が会衆のために祈っていましたが、そこでは一人ひとりが自分の言葉で直接、神様に祈るのです。

私は、そこにある真実に心を打たれ、「これこそ神への信仰のあるべき姿だ。私がずっと求めていたものだ」と思いました。友歌がいつも、日曜集会から顔を輝かせて帰ってくる理由がわかりました。

希望を与える存在に

私は、キリストを仰いで生きる者となりました。再び信仰をもつとは思ってもいなかったのに。

ずっとキリストのことは知っているつもりでした。しかし、ある集会で皆さんが私のために祈ってくださり、私も声を出して祈ると、強烈なエネルギーが体じゅうを駆け巡る経験をしたのです。それ以来、私にとって信仰とは、人間の決意の問題ではなく、明確に体験するものとなりました。

私は、もうアルコールには手を出していません。81歳の今でも、講師や演奏家として現役を続けられているとは、なんと幸いか。日々、神様の祝福に感謝せずにはおられません。

私が人生のどん底で希望を見いだしたように、人生の旅路で行き詰まっている方に、希望を与える存在でありたい、と願っています。

その存在とは「人生の詩篇」に、

おし黙って追われる
家畜のようになるな!
闘争においてヒーローであれ!

A Psalm of Life(人生の詩篇)第5連、訳・朝譜

とあるように、多くの人が環境に支配される中、勇敢に運命に立ち向かっていく一個の人間です。人とは違ったドラムのビートに乗って歩むような。

(ジョセフ・ハント ※英文より翻訳)


本記事は、月刊誌『生命の光』2020年4月号 “Light of Life” に掲載されています。

前の記事

4月5日

次の記事

4月7日