聖書講話「神に聴き従う時に(後編)」使徒行伝5章33~42節

私たちが社会において、真のことを言おうとすると、さまざまな圧迫や摩擦が起きてくることがあります。それは、初代教会において顕著でした。イエス・キリストの弟子たちは、神の声に従い、真の聖書の信仰を生きようとして多くの迫害を受けました。しかし神の御声に従うときに、思わぬ結末へと展開してゆく。そのことを前回に続き、使徒行伝5章から学びます。(編集部)

宗教家たちによって投獄された使徒たちは天使に助けられて牢(ろう)を出、再びエルサレムの神殿で生けるキリストを伝えました。驚いた宗教家たちは彼らを捕らえ、当時のユダヤの最高自治機関であり、最高裁判所であった議会(サンヘドリン)で、伝道を禁じました。しかし、ペテロは臆(おく)することなく「人間に従うよりは、神に従うべきである」と言って、復活のキリストが救い主として、イスラエルに悔い改めと罪の赦(ゆる)しを与えられることを説きました。

これを聞いた者たちは、激しい怒りのあまり、使徒たちを殺そうと思った。ところが、国民全体に尊敬されていた律法学者ガマリエルというパリサイ人が、議会で立って、使徒たちをしばらくのあいだ外に出すように要求してから、……

使徒行伝5章33~34節

ペテロの言葉を聞いて、サンヘドリンの偉い人たち、多くはサドカイ派(注1)の世俗的な信仰しかもっていない人々でしょうが、彼らは激しく怒った。「激しく怒った διεπριοντο ディエプリオント」というギリシア語の動詞の原形は、ゴシゴシと鋸(のこぎり)で2つに切るという意味です。自分の足を鋸で切ると思ったらわかりますが、いかにも痛いでしょうね。そのように、飛びかかるように怒り狂ったというんです。もう使徒たちを殺してしまおう、とさえ思った。

ところが、そこにパリサイ人の律法学者ガマリエルが立って言った。パリサイ人といえば、非常に悪い人のように思いますけれども、元来はそうではありません。

パリサイ人というのは、「分離された者たち」という意味で、「この世から分離されてでも正しく信仰の道を歩こう」という人々です。いろいろな律法を守り禁欲的生活をして、神の前を立派に歩こうと思うんですから、元来は敬虔(けいけん)な人たちでした。今のクリスチャンは、パリサイ人といえばイエス・キリストの敵のように思いますけれども、全部が全部そうではありません。しかし、時にはあまりに律法的だった。それで律法の抜け道を探して、偽善的であったりした。それをイエス・キリストは、非常に憤慨されたんです。

ここでガマリエルが登場して、問題を解決します。ガマリエルは、若き日の使徒パウロの先生でした。当時のパリサイ派(注1)には、ヒレルとシャンマイという有名な律法学者の流れを汲(く)んだ2派がありましたが、このヒレルの孫がガマリエルであるという伝説があります。また、イエス様が初めて宮詣(みやもう)でをした時に、シメオンという人がエルサレムの宮にいて、嬰児(みどりご)のイエスを抱いて祝福したと書いてあります。これがガマリエルのお父さんであるとも言い伝えられています。

このガマリエルが立ち上がって、使徒たちを外に出すように要求した。どうしてかというと、ペテロたちがサンヘドリンにいると、皆が激昂(げきこう)するからです。冷静な判断が下せない。それで使徒たちを外に出して、「ひとつ静かに私の言うことを聞いてほしい」と申しました。こういうところは、なかなか老練な、老成した人物であったことがわかります。

また、このような裁判の模様が詳しく書いてあるのは、たぶんガマリエルが、その門下で学んでいた、後の使徒パウロに話して聞かせたからでしょう。パウロはまた、それを使徒行伝の記者のルカに語ったのだと思われます。それで、こういう記事が残っております。

(注1)パリサイ派、サドカイ派

新約聖書の時代においてのユダヤ教の二大党派。パリサイ派は神から授けられた律法を厳格に遵守することを民に教えた。時代に適合した律法の解釈を口伝で残し、現代のユダヤ教につながっている。サドカイ派はエルサレム神殿の権威を背景にした祭司や、貴族階級が多く属した。神殿での祭儀を重んじ、成文の律法しか認めない。紀元70年の神殿崩壊の後に消滅した。

人から出た宗教運動は滅ぶ

一同にむかって言った、「イスラエルの諸君、あの人たちをどう扱うか、よく気をつけるがよい。先ごろ、チゥダが起って、自分を何か偉い者のように言いふらしたため、彼に従った男の数が、400人ほどもあったが、結局、彼は殺されてしまい、従った者もみな四散して、全く跡方もなくなっている。そののち、人口調査の時に、ガリラヤ人ユダが民衆を率いて反乱を起したが、この人も滅び、従った者もみな散らされてしまった」

使徒行伝5章35~37節

最初に、「イスラエルの諸君」という言葉があります。イスラエル、神の民は、神の声を聴く者である。牛や馬じゃありません、頑固なロバじゃありません。だからわかるはずだと言って、イスラエルの人々よ、と呼びかけていますね。やはり相手を尊敬しないと、なかなか話が一致しません。

彼はまず、「彼らについてどうしようとするのか、あなたたち自身注意せよ」と申しました。もし殺せば、今は一般民衆がキリスト教徒たちについているから、えらい騒動になる。上に立つ為政者はよく注意しなければならない、と言います。

次にチゥダのことが書いてありますが、同時代の歴史家ヨセフスによれば、「チゥダの反乱」というのは、この時点よりも後の紀元45年ごろとされています。さらに、ここでいう人口調査は、紀元4年ないし6年であると推定される。そうすると、ガリラヤ方面の人口調査のほうが先ですから、これは何かルカの思い違いではないかと言われます。それで、使徒行伝はデタラメだと言う学者もいます。

けれども、人間の書く書物というものは何事でも間違いがあるものです。私たちに大事なことは宗教的真理を学ぶことですから、こういうところでいろいろな史実上の間違いがあるからといって、使徒行伝が間違いだとは言えません。ガマリエルは大事なことを言っているんですからね。次々とこういう新しい政治運動めいたことが、宗教の名において起こるけれども、結局は滅んでゆくということを言いたいんです。

ガマリエルの墓があったと伝えられるベイト・ジャマル修道院(イスラエル中部)

天に記されているかどうか

「そこで、この際、諸君に申し上げる。あの人たちから手を引いて、そのなすままにしておきなさい。その企てや、しわざが、人間から出たものなら、自滅するだろう。しかし、もし神から出たものなら、あの人たちを滅ぼすことはできまい。まかり違えば、諸君は神を敵にまわすことになるかも知れない」

使徒行伝5章38~39節

ここでガマリエルは、「あの人たちから離れよ、そしてなすままにしておけ」と言いました。「そのなすままにしておく」という言葉は、「放置する」という意味です。ほったらかしにしておいたらいい。滅ぶものは滅んでゆくから、と言うんです。どうしてかというと、ガマリエルの思想が、神を見上げ、”天に記されていないものはすべて滅んでゆく”と考えるところにあるからです。これはユダヤ人の思想ですが、人間が一時どれだけ栄えても、やがて滅んでゆく。ヒトラーもどんなにか威勢がよかったけれども滅んでいったように。天に記されていない出来事は、やがて滅んでゆく。ここに彼の信仰がありました。

ガマリエルの言葉を読んでみると、どうも「もし、もし」と仮定ばかり言っていて、不信仰だと言う人があるかもしれません。しかし、私はそう思いません。彼は、彼のユダヤ教の立場からキリスト教を正しく見ているんです。また彼の相手が不信仰なサンヘドリンの議員たちですから、「もし」という仮定法を用いなければ承知しません。

「もし人間から出たものでしかないなら、滅ぶだろう。しかし、もし神から出たものなら、あの人たちを滅ぼすことは不可能である。まかり間違えば、諸君は神を敵に回すことになるかもしれない」。これは、後世の人々か歴史家かによって、「神に敵対する者として見いだされる(発見される)ことになるかもしれない」(直訳)という意味です。

ここで律法学者ガマリエルが立ち上がって、この事件を解決しました。なかなかこういう立場には立ちにくいものですね。

もう20年ほど前、私が独立伝道を始め、原始福音の霊的な信仰を無教会(注2)の中で提唱しましたら、主知的な無教会の人たちが反対しました。また、神癒(しんゆ)や異言(いげん)といった聖霊の賜物のことを伝えたりするものですから、ますます騒ぎが大きくなったことがあります。

「今のうちに手島を弾圧しておかなければ、無教会はえらいことになる」ということで、偉い先生たちが相談しまして、「とにかく、手島はだれの言うことも聞かんが、塚本さん、あなたの言うことなら聞くから、注意してやったらよかろう」と決めた。

それで、無教会での私の師である塚本虎二先生から手紙を頂いたことがあります。

――みんなが私に君を説得せいと言うから、まあ説得するが、しかし自分はガマリエルの立場を取る。私は、君が今までの無教会の域を脱して伝道を始めたことを喜んでいる。しかし、それが他に与える影響もまた恐れている。どうぞ、注意に注意を重ねてやってほしい。神から出たものであるならば、必ず神ご自身がこの群れを大きくしてゆかれるに違いない――このような趣旨でした。

塚本先生のおっしゃるとおりであります。初代教会がそうでした。人の思い、人の欲望、野心から出たものはつぶれます。見えない守護神であるキリストは、今まで私たち幕屋の群れを保ちつづけてこられました。ですから、たとえ私が死んでも、キリストが生きておられますから、いよいよ全日本にこの信仰が殖(ふ)え広がってゆくものと信じております。

(注2)無教会主義

明治年間に内村鑑三によって提唱された、日本独自のキリスト教の在り方。欧米のような教会制度や儀式などを排し、聖書の研究を中心に置く。内村の弟子たちによって継承され、現在に至っている。

御名のゆえに辱められる喜び

そこで彼らはその勧告にしたがい、 使徒たちを呼び入れて、 むち打ったのち、 今後イエスの名によって語ることは相成らぬと言いわたして、ゆるしてやった。使徒たちは、御名のために恥を加えられるに足る者とされたことを喜びながら、議会から出てきた。

使徒行伝5章39~41節

サンヘドリンは、ガマリエルの勧告に従いました。使徒たちを殺すかわりに、ムチ打ちの刑に処することにしたのでした。後にパウロも、「40に1つ足らぬムチを受けた」とコリント人への第二の手紙で言っておりますが、申命記25章3節に、ムチ打つ場合の回数の取り決めが出ています。聖書では40は完全数ですから、40に1つ足らぬというのは、ギリギリまでという意味でしょう。使徒たちは、そのようなひどい目に遭って許された。首が飛ばなかっただけでも、殺されなかっただけでも、まあよかったわけです。

しかしながら、ピシッピシッと一人ひとり39回も打たれて、青血黒血出して立ち上がることができないくらいにされて許された。迫害というものは恐ろしいことです。しかし、これに対して使徒行伝にはどう書いてありますか。お気の毒だった、苦しかったろう、とは書いてありません。「使徒たちは、”御名のために恥を加えられるに足る者とされたことを喜びながら”、議会から出てきた」というんです。これまた普通と違ったことですね。

私たちは、ほんとうに神に生き、聖霊に満たされる時には、このような逆境やひどい目に遭うことが、逆にうれしくてうれしくて、たまらなくなることがあります。涙が出るくらいにうれしいですね。この信仰ゆえに、人からひどい目に遭う時、夫からいじめられる時、また親からとがめられる時があります。しかし、何だか魂はうれしくてたまらないものです。

昔、私が教会に行っていたころですが、信仰上の問題で牧師と論争になり、牧師からひどい目に遭ったことがあります。皆の前で罵(ののし)られ、「あんたは間違っている」と言われましたけれども、その審(さば)かれる会から出てきましたら、涙が出てたまらなかった。「神様、私も少しはましになったんですね。こうやって御名のために辱められる者になりました」と言いつつ、うれしくてうれしくて、わけのわからない涙が出たことを、今でも覚えております。

どうですか、こういう経験はおもちですか。魂は御名のために辱められて、かえってうれしい。ですから、迫害が迫害にならない。ますます魂は燃え盛ってきます。

「御名のために」とは、イエスはキリストである、キリストは今も生きて働きたもう、ということを証しすることをいいます。また、「恥を加えられるに足る者とされた」の「恥」は「不名誉」とも訳せます。「足る」は「値する」という字です。すなわち、御名のために辱められるに値する者とされた時に、彼らは喜びながら出てきた、というのです。

迫害こそが力に

まだ信仰が弱い人の場合に、あんまりやかましく言いますと、信仰を失ってしまいます。しかし、信仰がある域に達しました場合には、逆に不名誉をも喜んで負うようになりますね。これが信仰というものの不思議さでして、ムチをひどく受けて足もはれて歩けなくなったような時にも、「ああ、神様、うれしゅうございます」という随喜(ずいき)の涙が出てくる。これはまあ、経験的に申し上げることです。このように御名のゆえに辱められるにふさわしい者にされて、やっと信仰も一人前になったなあ、と思うようになります。

そうすると、6章1節にありますように、迫害されても弟子の数が増えてきた。本物なら、どんどん増えてくるものです。伝道ということは、上手に人を躓(つまず)かせぬようにしましても、できません。むしろ、躓かされる程度じゃない、その伝道する人が卑しめられ、打たれて苦しめられているのを見ると、かえって人々の魂が目覚めてくるんです。そうして、初代教会はどんどん弟子たちの数が増えたというんです。

あるアメリカ人の牧師が、英文に訳した幕屋の信仰についての本を読んで、「あなたのような書き方をしたら、読む人が皆、躓いてしまう。それでは惜しいから、読者を愛するならば、なぜもう少し優しくお手柔らかに書かないのか」と言います。しかし、初代教会は違います。こう言えば躓くとわかっておりながら、それを言う。そして、躓く者は躓きますけれども、救われる者はどんどん入ってきます。信仰上、いちばんいけないことは、妥協することですね。妥協したら、キリスト教は伸びてゆきません。

そして、毎日、宮や家で、イエスがキリストであることを、引きつづき教えたり宣べ伝えたりした。

使徒行伝5章42節

「毎日」とあるが、「どんな日にも、来る日も来る日も」です。お祭りであろうが平日であろうが、雨の日であろうが晴れの日であろうが、「あのイエスは真にキリストですよ。救世主(メシア)ですよ」と伝えるのを”やめようとしなかった”。「引きつづき」ではありません。そして「宮や家で」とありますから、私たちのように家々でも集会が行なわれていたことがわかります。それが初代教会でした。また、大祭司の勢力範囲内の宮に乗り込んでいってでも、キリストが今も生きておられることを、使徒たちは宣べ伝えてやみませんでした。

神に聴く者に聖霊は働く

これまで学んだのは、神に聴くことが、どんな偉い人間に聴くことよりも大事であるか、そのように神に聴く人には聖霊もまた共に働きたもう、ということです。

当時の宗教家たちは盛んに「イエスの名を称(とな)えてはいけない」と申しましたが、ほんとうにイエス・キリストが生きておられるならば、イエスの御名を呼びさえすれば、彷彿(ほうふつ)としてキリストの霊はやって来て臨みたもうものです。

今日、新しく来られた方で、まだよく祈れない方がおられるかもしれませんが、ここでいちばん大事なことは、私たちの上に聖なる霊が臨むことです。使徒行伝の最初に書いてあるように、信仰の要点は「ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは間もなく”聖霊によって、バプテスマを授けられるであろう”」、聖霊に浸される経験をもつことです。

もう一つ大切なことは、神の霊と一つになることです。日本でも、浄土真宗の人たちは、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」「帰命無量寿如来(きみょうむりょうじゅにょらい)」などと言って、永遠の光、永遠の生命と一つになることを願います。これと同様に、私たちもキリストの霊と一つになることが、信仰のいちばん大切な点です。人間は、自分だけで生きる時に弱いものです。しかし、神の金剛力の霊がワッと臨みましたら、不思議な変化を遂げます。そして、その後は神の霊が導きます。また、神の霊に聴き従うような人間に変わります。大事なことはそれです。

「聖霊が汝(なんじ)らの上に”臨む”時」(使徒行伝1章8節)とは、乗り移るという意味です。聖霊が乗り移ってくる時に、神の力、霊的な力を受けるんです。そして、私たちは地の果てまでキリストの証人となる。弟子たちは皆キリストの証人です。聖霊もまた、それを裏づけるようにして証しした。こういう宗教経験が始まる。これは頭で考えることでない。実際に神の霊がやって来て出くわしたら、ああ、すごいなあとわかります。出会わなければわかりません。

今日ここで皆様方に、初めて来られた方も、神の霊に出会っていただきたい。ひとたび神の霊に出会いますと、神の霊は実在することがほんとうにわかります。そうすると自分がただではなくなる。そして、不思議な祝福が洪水のように押し寄せてまいります。たとえ40に1つ足りないムチをピシッピシッと打たれようとも、御名のために辱められるに足る者とされたことを感謝し、うれしくてたまらないような信仰がわきます。

祈ります。キリストを見上げて……もう外側のことをいろいろ祈るよりも、キリストの御名を呼ぶことです。「主よ、来たりたまえ」です。キリストの霊が来ないで祈ったって、何も起きない。まず「キリストの霊よ、来たりたまえ。私に帰ってください。昔のように、どうぞありありと臨在してください」と言って、神の霊的臨在を求めることが大事です。どうぞ、初めての方は「キリストの霊よ、来たりたまえ」と心に叫んでください。必死に叫んでください。一心に祈っているうちに、キリストの霊はどこにあるかわからないが、真っ暗な中に求めていると彷彿として来たりたもう。そして、いつの間にか自分が変化する経験を、きっとおもちになります。キリストの霊は実在するからです。

キリストの霊よ、来たりたまえ!

(1970年)


本記事は、月刊誌『生命の光』883号 “Light of Life” に掲載されています。

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