聖書講話「イエスはロバに乗って」マルコ福音書11章1~10節

今回は、イエス・キリストが十字架の死を目指して、いよいよエルサレムの都に入られる場面の講話です。キリストの赴く所、不思議に人々が協力し、神のドラマが展開してゆきます。また、群衆が歓呼をもって迎えたように、キリストは熱い情動を人々の胸に沸き立たせました。
現代においても、信仰によって人生を勝利に導く秘訣(ひけつ)を、キリストのお姿に学びます。

イエス・キリストとその弟子たちの一行が、「しゅろの町」といわれたエリコまでやって来た時、盲人のバルテマイが必死になってキリストに叫びました。そして、「なんじの信仰、なんじを救えり」とキリストは言われて祈りたもうたら、バルテマイは目が開けて再び見えるようになりました。このエリコの町から歩いて丸一日、1000メートルほどの標高差のある急な山道を、キリストはエルサレムの都を目指してお上りになりました。

さて、彼らがエルサレムに近づき、オリブの山に沿ったベテパゲ、ベタニヤの附近にきた時、イエスはふたりの弟子をつかわして言われた、「むこうの村へ行きなさい。そこにはいるとすぐ、まだだれも乗ったことのないろばの子が、つないであるのを見るであろう。それを解いて引いてきなさい。もし、だれかがあなたがたに、なぜそんな事をするのかと言ったなら、主がお入り用なのです。またすぐ、ここへ返してくださいますと、言いなさい」。 そこで、彼らは出かけて行き、そして表通りの戸口に、ろばの子がつないであるのを見たので、それを解いた。すると、そこに立っていた人々が言った、「そのろばの子を解いて、どうするのか」。弟子たちは、イエスが言われたとおり彼らに話したので、ゆるしてくれた。

マルコ福音書11章1~6節

この場面は、ルカ福音書を読みますと、「イエスは先頭に立ち、エルサレムへ上って行かれた」(19章28節)と書いてあります。ここまで幾度も弟子たちに話されてきたように、エルサレムには十字架の運命が待っている。しかし、イエス・キリストは使命のために先頭切ってお歩きになって、十字架を目指して行かれた。

自分自身が身を裂かねばならぬ死刑、十字架という最もひどい迫害が待っている。しかし、イエス・キリストは勇気凛々(りんりん)と上ってゆかれました。私たちも、このような男の中の男ともいうべき、キリストの英姿を見上げてゆきたいと思います。

さて、エルサレムに至る道の途中に広がっているユダの荒野には、ほとんど人家がありません。イエス様は汗水いっぱいたらして上ってゆかれ、ベテパゲに着かれた。ベテパゲというのは、エルサレムの東にあるオリーブ山の中腹の村です。

そのベテパゲから、イエス様は弟子たちを遣わされました。その際、主イエスが弟子を指導なさるのについて、「むこうの村へ行きなさい。そこにはいると”すぐ”、まだだれも乗ったことのないろばの子が、つないであるのを見るであろう」(マルコ福音書11章2節)と言われました。

ここにある「すぐ」という言葉を、私たちは不注意に読んでしまうかもしれませんが、これは生命の躍動する福音の世界を表しているといえるでしょう。

原文の「ευθυς ユースュス すぐに、直ちに」というギリシア語は、マルコ福音書にはたくさん出てきます。これは、「たちまちに」とも訳すべき言葉で、信仰の調子がよい時の状態を表しています。私たちの生命力が旺盛な時に、何事もうまくゆくようすを示します。

たとえば、「このごろ、私は調子がいいんですよ。非常についているんです。することなすこと、うまくゆく」と言うじゃありませんか。私たちも、何か非常に調子がいい、好調の波、運に乗るような時には、することなすこと、うまくゆきます。どうしてこんなに多くの人が自分を助けようとしてくれるのだろう、と思うくらいに周囲が協力してくれる。運命が向こうの方から自分にぶつかるようにして迎えてくれる。

これは、信仰に生きる者の一つの体験でもありますね。この気持ちは考え事からは出てきません。聖書を読んでみても、イエスがいろいろ考え事をされた、読書と思索にふけりたもうたなどと、学者のようなことは1行も書いてありません。イエスが「すぐ」と言われた、こういう言葉は注意してお読みになることが大事です。

イエス様が弟子たちにロバを探しに行かせた、オリーブ山の中腹にあるベテパゲ村
オリーブ山の中腹にあるベテパゲ村

イエスの霊視

キリストが言われた、「向こうの村に行くと、ロバの子がつないであるのを見るだろう。それを引いてこい」という言葉をいろんな人が勘ぐって、イエスはすでに下打ち合わせをしていて、弟子たちにロバを引いてこさせたのだろう、などと解釈します。

しかし、私はそうは思いません。霊感的な人間には、いろんなことがわかるものです。時として、遠い所で起きている出来事も手に取るように霊視ができたりします。

18世紀のスウェーデンの神秘思想家、スウェーデンボルグという人は、友人に招かれて食事をしている時に突然、「あっ、ストックホルムで火事が起きる」と言いましたが、ちょうどその時に、そこから400キロも離れたストックホルムで火事が起きていました。

私にも小さいながら同様の体験があります。熊本におりましたころ、私が家の2階の書斎にいた時、「あっ、火事がある」と思って外に出ました。でも、どこにも火事はありません。ところが間もなく、100メートルばかり離れた所で急にパーッと煙が立ち昇りました。急いで走ってゆきますと、それは写真屋でした。一番に私が着きましたが、さあメラメラと炎が2階の窓から噴き出しました。まだ1階に住んでいる人たちも気づかない時です。「火事ですよ!」と私が叫びますと、消防車などがすぐに来まして、ボヤで済みました。後で、自分でも不思議だなと思ったことです。

なぜ、そんなことがわかるのだろうか。人間というものはテレパシーといいますか、ずいぶん遠い所のことでも、いろいろ感じたりするものですね。イエス・キリストにおいてはなおさらです。弟子たちが行ってみたら、そのとおりでした。こうやってイエスは弟子の教育をなさる。キリストの御声に聞いて動くと、実に不思議なことがあるものです。

ロバに乗って都入り

そこで、弟子たちは、そのろばの子をイエスのところに引いてきて、自分たちの上着をそれに投げかけると、イエスはその上にお乗りになった。すると多くの人々は自分たちの上着を道に敷き、また他の人々は葉のついた枝を野原から切ってきて敷いた。そして、前に行く者も、あとに従う者も共に叫びつづけた、
 「ホサナ、主の御名によってきたる者に、祝福あれ。
 今きたる、われらの父ダビデの国に、祝福あれ。
 いと高き所に、ホサナ」

マルコ福音書11章7~10節

普通の人々は、ここに書かれてあるようなイエスの行動を理解できません。もうエルサレムまでは4キロくらいですから、「そのまま歩いたっていいじゃないか。なぜ弟子たちにわざわざロバを連れてこさせ、それに乗って都入りなどなさるのだろうか?」と。

私は思う。最後の最後、もうすぐ十字架にかかるという時です。宗教家たちから捕縛命令が出ているのですから、そんなに派手に、華やかに、「われ、ここにあり」と言わんばかりに出かける必要はなかったが、イエス様はご自分の最後を民衆に知らせるためにも、身をもって行動されたのでしょう。

当時イスラエルは、ローマ帝国の支配下にありました。それで、何度も独立のために抵抗運動を起こしましたが、とうとう最後にエルサレムの都はローマ軍に包囲されて、紀元70年に陥落してしまいます。このように武力によって戦う時に、また武力によってやられる。このことを予見して、イエス様は何かを訴えようとされたのだと思います。

ここで「ロバに乗る」という意味は何でしょうか。詩篇147篇に「主は馬の力を喜ばれず、人の足をよみせられない。主はおのれを恐れる者と、そのいつくしみを望む者とをよみせられる」(10~11節)とありますが、当時いちばん快速な機動力、武力は馬でした。馬をたくさん飼うことによって、帝国主義的な戦いができる。

しかし、神はそれをお好みでない。キリストは戦闘力のないロバに乗って都入りされた。ここに、キリストが平和の王として都入りされたことがわかります。しかもご自身、王者の気持ちをもっておられました。

こういうところは極めて逆説的ですね。だが、聖書をよく読むときに、キリストが身をもって示したもうた行動は、わかる人にはほんとうに訴えたと思われます。今なお、こうして聖書に書き残してあるとおりです。やがて十字架の露と消えられるけれども、復活して再び来たりたもう再臨のキリストは、王者の権威をもってパレードなさるであろう。しかし今しばらくは、卑しいロバを借りてお乗りになる。

私はこの物語を読みながら、「キリストよ、あなたは昔、エルサレムへ都入りなさる時に、『主の用なり』と言ってロバの子を連れてこさせて、それに乗られたのですね」と、イエス様のなさりように、ただ感嘆いたします。

「まだだれも乗ったことのないろばの子」(マルコ福音書11章2節)とあります。これはどういうことかというと、聖書には動物でも作物でも、初物を神様にささげるという思想があり、そのような疵(きず)なきものを神の御用に供するのが習慣でした。

戦前、天皇陛下がお乗りになる馬には、調教のほかはだれも乗ったことのない馬を選定して献上したものでしたが、自分は救世主(メシア)であるとの自覚に立つイエス様は、まだだれも乗ったことのないロバに乗ってでも、人々にご自分を示したかったのです。

主に用いられる光栄

主に召されたのは、家畜の中でもいちばん卑しめられたロバでした。だが、キリストが手綱を取って乗りたもう時に、弟子たちがその裸のロバに上着を載せ、歩く前には多くの人々が次々と道に上着を敷いたり、しゅろの葉を敷いたりして、歓呼して迎えました。 

それにしても、キリストから「主の用なり」といって召されたロバは、なんと光栄であったでしょうか。イエス・キリストは、当時高価だった馬ではなく、卑しめられたロバに乗ってエルサレムにお入りになった。キリストのご生涯を見ると、ほんとうに貧しく過ごしておられる。自分でロバすらおもちでなかった。しかしまた、「主の用なり」といって使いを出されると、「ハイ」といって差し出す者たちがたくさんおりました。

インドの聖者といわれたキリストの伝道者スンダル・シング(注1)が言っております、「ヨーロッパに行った時に、非キリスト教国の一インド人でしかない自分だが、至るところで歓迎された。『あなたは素晴らしい』と言われる。しかし、私はそう思わない。つまらないインド人でしかない私を用い、私に乗りたもうお方がキリストである。今も生けるキリストの霊が私に乗り移っているがゆえに、こうも多くの人から歓迎されるのである。ロバにしかすぎない私は、キリストの御名をほめたたえる以外にない」と。

私は若いころ、このくだりを本で読んでほんとうに感動しました、「主よ、同様に私は卑しい人間ですが、どうかお乗りください、お用いください!」と。この年になるまでいろいろと傷つき、罪の多い汚れた人間です。とても主様に自分から身を差し出して、「お乗りください」とは言えません。しかし、神様がこんなやつをもお用いくださると思うと、感激です。感激だけです。

馬と比べられたら、価値の低い値段の安いロバ、否、それ以下の人間が私です。しかしある時から、キリストが私を用い、手綱を取り、御したもうようになった時、なんと不思議な生涯が繰り広げられてきたことでしょうか。もったいなくてたまりません。

イエス様は、皆がささげてロバの上に載せた上着の上に乗られました。このたび、多くの方々のお助けがあって、伝道のための『生命の光』特集号ができました。皆さんでこうやって主様の御名を証しした『生命の光』に、キリストの御霊が乗りたもう。これを各地の方々にお見せできることを感謝します。

このように、今も私たちがささげる小さなものの上に、イエス・キリストは乗りたもう。なんとありがたいことでしょうか。

(注1)スンダル・シング(1889~1929年ごろ)

インドのキリスト教伝道者。ヒンドゥー教の家庭に生まれるが、15歳の時にキリストにまみえる体験をして伝道者となる。インドの修行者の服を着て、インド各地や欧米、アジアに伝道旅行をした。チベットへの伝道の途上で消息が不明となった。

熱狂をもってキリストを迎える

キリストがしずしずと進んでゆかれると、多くの人々が上着を道に敷き、また他の者たちはしゅろの枝を切って道に敷いた。長い間、待ちに待っていたメシアがついに来られたんだと思うと、皆はじっとしておられなかった。そして、前でも後ろでも皆が叫んだのは、「われらの父ダビデ」でした。これは、ダビデ王の子孫にメシアが生まれるという言い伝えからきています。「ホサナ」とはヘブライ語で「どうか、救いたまえ」という意味です。

マタイ福音書を読むと、「イエスがエルサレムにはいって行かれたとき、町中がこぞって騒ぎ立ち」(21章10節)とあります。キリストがおられる所、多くの群衆が熱狂した。普通の解釈では「群衆というものは当てにならない。あの時あんなに熱狂しながら、数日後にはもうイエスを十字架につけて捨ててしまう。群集心理は変わりやすい」と言って、聖書学者は軽蔑して読みます。しかし私は、必ずしもそう思いません。

この時の群衆の多くは、ガリラヤ方面からイエスについて来た、弟子たちを中心とする人々でした。エルサレムでイエスを裁判にかけて殺した群衆とは違います。しかしまた、それだけとも限りません。キリストが在りたもう所、多くの人が心奮い立って、このような熱狂的な状況が繰り広げられたのです。

炎の魂

イエス・キリストがエルサレムに都入りされると、多くの人々が熱狂して迎えました。このことは、キリストの宗教の一面を語るものとして非常に大切です。ぜひとも私たちは、そのようにあらねばなりません。

戦後、初めて民主的選挙が行なわれた時、私は選挙の手伝いをしたことがあります。その時に「選挙の神様」といわれた安達謙蔵(あだち けんぞう)(注2)という人に、若くして一番で当選したある候補について尋ねたのです。そこで話してくれたことは、「とにかくあの男には人気がある。それも普通の意味での作られた人気ではない。『あいつに会ったら何か魅力を感ずる』といってほかの人が放っておかない。『あれを助けたい』といった情動に皆を駆り立てる」と。

私は目が開かれたような気がしました。商売でも選挙でも、何でも同じですね。熱い情動、もう人が放っておかないようなものを身につけた者と、そうでない者とでは、だいぶ違いますよ。「もうあの人のためには、損をしてもついて行こう」と思わしめるもの、これは伝道においても大事な要素です。

英語に「enthusiasm エンシュージアズム 熱狂、熱情、熱心」という言葉があります。この言葉の語源はギリシア語の「εν エン の中に」と「θεος セオス 神」に由来しています。この「神に在りて」から、「神に霊感された、神に憑(つ)かれた」というギリシア語「ενθεος エンセオス」ができたといいます。

「あの人は熱狂的な信仰をもっている」と人が言うときに、それはなぜでしょう。使徒パウロは「私は主に在る(エン・セオー)ことを誇る」と言いました。神の御霊に、聖なる霊に満たされると、もうじっとしておられずに熱いものが込み上げてきます。これをもつ、もたぬで人間はガラッと変わります。

キリストに触れてからというもの、自分の冷たい心がどうしてこんなにもときめくのだろう。冬から春に変わったように、どうしてこんなに熱い血がたぎり、希望が、生命が沸き立ってくるのだろう。これは私たちがひとしく経験するところです。イエス・キリストがエルサレムに来たりたもうた時も、多くの群衆が熱狂した。

私たちも、キリストが自分の内側に在りたもうというならば、真の意味でエンシュージアズムが、熱心、熱情がたぎらなければ駄目です。

マルチン・ブーバー(注3)が「Burning fire バーニング ファイア」「Being aflame ビーイング アフレイム」ということを言っているように、天国に行こうと思うなら、燃え上がるような魂でなければ行くことができない。燃え上がるような喜びをもたなければ駄目です。ただ魂が天国に行くというだけの問題ではない、このことが人生のすべてにおいて大事です。どうぞ私たちは、焼き尽くすような熱い熱い心をもって生きようではないか。

人々を巻き込んで巻き込んでゆかずにはおかない、これがイエス様のもつ雰囲気でした。イエス様が私たちの心に来たりたもう時に、その人は熱誠の人となる。

私たちがほんとうに聖霊に満たされたら、たぎるものがあるんです。人々の心を抱き込んで、巻き込まずにはおかぬものがあるんです。現代のキリスト教が欠いているものは何でしょうか。冷たい議論としての理屈の信仰、そんなものを信じて救われるものか。イエス様が私たちに与えようとされるものは、熱い、心を燃やすようなエンシュージアズムです。

「主に在る」時に、そのような熱いものが私たちに沸き立つ。イエス様ご自身もそうでした。イエス様は、やがて滅ぶべきエルサレムの運命を思って泣かれました。熱い感情をもっている者は、そのようにハラハラと泣くことができます。涙の涸(か)れてしまったような信仰、そんなものはキリストの宗教ではありません。

どうか熱い感情で、泣く時には泣き、笑う時には笑い、熱い誠のこもった歩き方をしとうございます。

(注2)安達謙蔵(1864~1948年)

大正から昭和にかけての政党政治家。熊本県出身。戦前、内務大臣や逓信大臣などを務めた。

(注3)マルチン・ブーバー(1878~1965年)

20世紀を代表する宗教哲学者。オーストリアのユダヤ人家庭に育つ。ナチスによりドイツから追放されエルサレムに移住。晩年までヘブライ大学で教鞭(きょうべん)を執る。キリスト教思想に大きな影響を与えた「対話の哲学」を唱える。手島郁郎は1963年にブーバーと会見した。

(1968年)


本記事は、月刊誌『生命の光』854号 “Light of Life” に掲載されています。

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