若人の声「台湾留学で学んだ本当のこと」―自分が嫌いだった私が―

有名な観光地・九份にて

大家好 ダージャーハオ(皆さん、こんにちは)

私は、去年(2018年)の11月から、台湾で中国語を学んでいます。

中国語の勉強は全くゼロから始めたのですが、今ではアジア各国からの留学生の友達と、中国語で何時間でも楽しくおしゃべりできるまでになりました。

さまざまな国の文化や歴史、その国の人たちの考え方を知って、刺激を受けています。

でも何よりうれしいのは、心の底から明るい自分になれたことです。

悩んでばかりの中高生時代

私は信仰のある家庭で、両親の祈りの中で育ちました。3人兄弟の長女ですが、特に中高生のころは悩んでばかりでした。友達とうまくいかず、いじめられたりして、学校に行くのが、つらかったです。人と比べては落ち込んでいました。

高校を卒業してからは、講習を受けて日本語教師になる道を選びました。日本語学校でアジアのいろんな国から日本に働きに来ている方たちに、日本語や日本の習慣、ルールなども伝えました。教える立場になってみると、自分には知識も経験も足りないことに焦り、苦しい時期を通っていました。

そんな中で、去年の春、台湾の旅に行きました。それが私の大きな転機になったのです。

まず、日本との深い絆(きずな)に驚きました。若い人にも親日的な方が多いのですが、戦前の日本統治時代の教育を受けた年配の方たちは、日本語を話され、日本の古きよき心を大切にして生きておられることを知りました。

また、台湾には神様を求めて、幕屋の信仰をもっている方々がおられます。

滞在中、私は2人の方のお墓に参りました。夏朔朧(かさくろう)さんと戴欽明(たいきんめい)さんという、台湾幕屋の方々でした。夏さんは「やがて台湾に、日本語のわかる世代がいなくなる。だから『生命の光』の中国語版を、ぜひ出してほしい。神様を求める台湾の人たちに、伝えていきたいんだ」とおっしゃっていたそうです。また、戴さんは「人生の最後、神様に出会った!」と喜んで、いつも熱い祈りを上げておられたそうです。

案内してくださった方からそのお話を聞いて、お墓の前で祈った時に、お2人の祈りの薫りがするようで、深く私の心に残りました。

その後、台湾の花蓮で幕屋の集会があったのですが、私はその会の祈りの中で、それまで味わったことのない体験をしました。私の中心が熱い大きな力で圧縮されるような感覚がして、「あなたをこんなにも愛しているよ」と、神様の御思いが迫ってきました。ああ、あの時もこの時も、どれだけ愛されてきたのだろうと、涙があふれて止まりませんでした。

日本に帰ってからも、台湾のことを思うと心が燃えてしかたがありません。そして引き寄せられるようにして、数カ月後には台湾に留学することになりました。

心が開けた!

花蓮は山々が連なり、懐かしい感じのする田舎の空気に、ホッとします。台湾の方は、「おまえは娘だから」と、新年のご家族だけの集まりに招いてくださったり、家族同然に接してくださいます。

私は、花蓮で伝道しておられる日本人のご夫婦のところで、一緒に生活させていただくようになりました。

毎朝みんなで聖書を読んで、祈って始まり、そこから大学付属の中国語センターに通っています。夜には、ご主人から語学や歴史、文化を教えていただき、毎日がとても豊かで充実しているのです。

神様の愛を祈りの中で知って、さらに台湾の方々の、こんなにまで! という温かい愛に触れるうちに、私の心にあった殻が、気づいたらスッとなくなっていました。

日本にいる時は、コンプレックスが多く、自分のことが好きではなかった私です。でも今はそうじゃない。自分を否定することは、自分を愛してくださる神様を否定することなんだ、と気づかされました。それで、「神様、すみませんでした」と祈りました。

今は、日々うれしくてうれしくて。私はネクラだ、とずっと思っていましたが、こんなに喜んでいる私、これが本当の自分の姿だったんだ、と発見しました。

私は今、中国語を勉強していますけれども、この中国語の学びが自分のためではなくて、神様のお役に立つものになるように願っています。

私は、台湾と日本の架け橋になりたい、と思っています。

大家歓迎来台湾! ダージャーホアンインライタイワン!(皆さん、台湾に来てください!)

(平須賀 七枝)


本記事は、月刊誌『生命の光』2019年11月号 “Light of Life” に掲載されています。

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