信仰の証し「中途半端ではいられない」

林 節子

私の実家は、北海道の十勝の開拓農家です。

父は、すごいスパルタ式教育で、私たち9人兄弟は、春と秋の数日間、農作業を手伝うために学校を休ませられました。私は行く高校まで定時制の農業高校と決められて、そういう家庭環境、父の束縛から逃げ出したくて逃げ出したくて。自分は資格を取って一人で生きていくんだと、父の目を盗み、兄弟に手伝ってもらって、帯広市内に出ていったのです。そして、昼は病院で働き、夜は看護学校で学びました。

そのころは、聖書を読む集まりに何度か行ったり、ほかの会にも行ったりしていました。自分の人生、何のためにあるのかわからなくて、悶々(もんもん)としていたんです。そんな時に、寮で出会った方に幕屋に誘われました。

生まれてきた意味が

幕屋に一歩入ると、何とも表現しがたい、すっぽり別の世界に入ったみたいに、不思議な雰囲気でした。みんな明るくて、私の居場所はここだとわかりました。同世代の人もたくさんいて、楽しかったです。

けれど、神様って生きておられるのかはわからない。何年かするうちに、聖霊を受けなければ、中途半端ではこの幕屋では生きていけないと、ひしひしと感じるようになりました。

そのころ、伝道者の先生が本を貸してくださいました。読むと、ここに出てくる人たちはありありと神様に出会って、神様に導かれる人生がそれぞれにあった、私も神様に導かれたいと、強烈な渇きが起きました。

聖霊を受けられなかったら、私はもう去ろうと、次の日曜日の集会に出て、必死に祈りました。すると、神様の御声がありありと聞こえてきたんです、「おまえだけの贖いではない!」と。

神様は生きておられる、と私、びっくりしてしまって。もうほんとうに泣けて泣けて、それと同時に喜びが噴出して。その言葉は十分にはわからなかったけれど、私の人生は神様の御手の中にあって、自分のためだけに、自分勝手に生きるんじゃないんだと、生まれてきた意味がわかって、感激と感謝でいっぱいでした。

すっかり新しく

信仰を学ぼうと北海道を出た後、同じ信仰をもつ人との結婚の話があり、お受けしました。ある時、信仰を共にする農業共同体を作って青少年を育てる場にしようという話が持ち上がり、それに共鳴した夫はその経済的基盤を築こうとエノキダケの工場を始めました。自己資金なしで、4000万円の借金を抱えたのです。

そこから13年間、借金地獄のようなところを通りました。私も休みなしで働き、幕屋の集会に行くこともできません。子供たちは、義母に見てもらうしかない。エノキのパック詰めは冷たいし、回数をやらなくてはいけない。手が痛くて動かなくなりました。疲れきって、これ以上できないという状況でした。

集会に行けなくて皆さんと一緒に祈る場から遠ざかっていると、考えも否定的になってきて、神様から見捨てられたような、すねた思いになっていました。

そんなある時、北海道のころに一緒に過ごした友人が、泊まりがけで訪ねてきてくれました。それがうれしくて、思い切って後日、その方の住む名古屋に行き、日曜日の集会に参加したのです。そこで、

  主をあおぎ見れば 旧(ふる)きわれは
  現世(うつしよ)とともに 速(と)く去りゆき
  われならぬわれの あらわれきて
  見ずや天地(あめつち)ぞ あらたまれる

と賛美歌を歌っていたら、ダーッと聖霊がくだってきました。古い自分がすっかり新しくされたようでした。後で聞いたのですが、その方が私のために、ずっと祈っていてくださったそうです。

帰ってきたら、私は見捨てられていなかった、信仰は自分でするんじゃないんだ、神様のあわれみだなと思わされて、感謝がわいて。ギリギリにまでならないと、神様の本当の慰めは感じないのだと知りました。神様はそのギリギリを見ておられる。中途半端ではいられない。大変だけれど、それがないと魂は成長しません。

神様のために生きたい

借金を返し終わった時、主人は周りの人に、これからは儲(もう)かるだけじゃないかと言われたそうです。けれども、仕事に追われるばかりでなく別の生き方をしたいと、エノキダケの工場をやめることにしました。

それからもいろんなところを通った主人でしたが、70歳を前にして残りの人生どう生きるのか、問いをもって手島郁郎先生が神様に召命された阿蘇を訪れました。帰ってきた姿は違っていました。キリストを伝えるという本願に目覚めた、そのためなら何でもする、家を取り払ってでもどこへでも行く、と言うのです。

その姿を見て、最初はびっくりして、戸惑いも覚えました。でも、この主人の願いは、神様が御声をかけてくださったに違いない、私は従っていきたいという思いが、内からわいてきました。

自分の人生、何のためにあるのか、神様っておられるのだろうかと呻(うめ)いていた若き日に、生きておられる神様に出会って、ほんとうにうれしかったです。だから、訳のわからないところも通ったけれど、何があっても、神様が「おまえだけの贖いではない!」と御声をかけてくださった、そのことが私の目指すべき、歩むべき道なんだって。神様のために生きたい、その思いは、ずっとはっきりしていたのです。

それで5年前、30年住んだ家を処分して、山梨県の甲府市に移ってきました。お会いする方々に『生命の光』を渡し、お話しできることがうれしいです。

そして、救いを求める、末期がんの方などとの出会いがあります。私たちに何かができるわけではありません。ただそういう方のためにキリストに必死にすがる時、内から抑えがたい祈りが噴き出してきます。


本記事は、月刊誌『生命の光』880号 “Light of Life” に掲載されています。

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