信仰の証し「心の切り替えができた ― 老年期うつ病と診断されて ―」

町山明美

私が30代のころ、息子たちからプレゼントで無地の日記帳をもらい、日記を書くようになりました。「お母さん、何でも書いていいからね」と言ってくれたことから、今でも何げない1日の出来事も書き残しています。特に聖書の言葉を書くようになりましたね。

ですが5~6年前の日記には、「友人が耳栓を買ってくれた」「医師から、今日も1日乗り越えていきましょうねと言われた」などと書いてあります。

私が老年期うつ病と診断され、入院していた時の文です。そのころの日記を読み返すと、当時は全く希望がもてない状況でした。

今はその時と違い、1人で生活できるまでになりました。よくここまで回復したと、つくづく思います。

何で私がうつに

夫と私は十数年前まで、青森でキリストを伝えていました。広い東北で教友の方々と心を燃やして歩んでいました。ところが、主人の体力が衰えはじめ、パーキンソン病を発症していることがわかったのです。それで、横浜に住む息子の近くに移ることになりました。

移ってからは、主人の入退院が多くなりました。私自身の肺がんも見つかり、その治療と主人の介護をする毎日でした。やがて、主人は天に帰っていきました。主人を天に送ると、私は急に、何も考えられなくなるほど疲れ果ててしまいました。

ある日、耳が過敏になっていることに気づきました。飛行機が飛んでいる音を聞いても、落ちてくるように錯覚してしまうんです。病院で診察を受けると、「老年期うつ病です」と言われました。私の精神は、入院しないといけないほど深刻な状態になっていたんです。

初めは、「何で私がうつに」と受け止めきれません。青森では、厳しい環境の中にあっても、元気でやり抜いていました。一生懸命に生きてきたのに、なぜつらい目に遭うんだろうか、と。

唯一の支え

それからの入院生活は、大変でした。テレビの何げない映像や音でも、否定的にとらえてしまいます。

そんな時に、友人が耳栓を買ってくれたんですね。でも、いくら外部からの音を断ち切っても、心は休まりません。暗やみに引きずり込まれるようで、ただ恐怖だけが私の心を占めていきました。このままでは廃人になってしまう、と思ったほどです。

そんな中にあっても、唯一の支えがありました。同室の人たちに、神様に出会った自分の体験を話すことです。「あなたはこれを読んだらいいわよ」と、『生命の光』誌を渡したりもしていましたね。証しをしている時は、神様に立ち帰ることができました。

そんなことを繰り返しながらの日々でした。

「幕屋で祈りたい!」

退院したものの、再度入院をする時もありました。やっと家に帰ってきても、だれかの助けがなければ生活できません。日々、幕屋の友人や家族に支えられながら過ごしていました。そんな状況でしたが、何とか聖日集会に出たいという思いがあります。

初めは、息子と一緒に、バスや電車に乗る練習もしました。少しずつですが、長い距離を移動できるようになりました。恐れる心もありましたが「幕屋で祈りたい!」との願いが私を動かしていました。これまで何度も、幕屋で祈ると聖霊を注がれて、魂に力が与えられてきたからです。

ある時から、1人で電車に乗ることにしました。地下から地上に上がり、人が行き交う雑踏を通り抜けて幕屋に入ると、「天国に着いた!」と喜びがわいてきました。私が慕っていた生命の場に、やっと帰ってくることができた、と。

久しぶりに皆さんにも会えて、うれしかったですね。後から聞くと、私の表情はまだ硬かったそうです。でも少しずつですが、皆さんと共に祈りながら、喜びを味わっていきました。

1年半前のことです。私の中に「喜んではいるけれど、このままでいいのでしょうか。私に託されている天の使命は何でしょうか」という問いがわいてきました。思い巡らしていると、聖日集会でマタイ福音書6章の「主の祈り」の箇所が読まれました。その中の、

天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。

マタイ福音書6章9~10節

という聖句が内側に響いてきました。

それまでは、自分が元気になることばかりを祈ってきました。でも皆さんと熱く祈る中で、「神様、あなたの御名を賛美させてください。天にある祈りを地に現す者でありたいです」と心が変えられていきました。

それからだと思います、皆さんが、「明美さん、雰囲気が明るくなったよ」と言ってくださるようになりました。こんな私も、キリストの御血によって贖われ、清めてくださいました。

子供たちに愛がわく

その後、幕屋の子供集会に参加するようになりました。子供たちに、神様は今も生きておられると、私の姿を通して表していきたいからです。

一人ひとり、神様から愛された魂です。そう思うと、日々子供たちの名前を呼びながら、神様の愛が注がれますように、と祈っています。

病院の先生は、最近の回復ぶりに驚いています。また、集会には欠かさず集えています。うつ病でつらかった時には考えられなかったことです。

「主の祈り」を聞いた日の日記に、たった一言だけですが「心の切り替えができた」と記してあります。心に光が射(さ)し込んだ時でした。神様の御愛とあわれみで、新たに歩めることが感謝です。


本記事は、月刊誌『生命の光』882号 “Light of Life” に掲載されています。

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