信仰の証し「鍵盤に手を置いた時から ―晩年に至るまで豊かに導かれて―」

福原紀子

86歳の今も、私は毎日、放課後等デイサービスの事業所で働いています。この施設は小学生から高校生までのさまざまな知的障害のある子供たちを、放課後の、親御さんが働いておられる間、預かって支援する所です。ここで児童指導員として働きはじめて、もう19年になります。

私は以前、自宅でピアノ教室を開いていたのですが、経営が大変になった時にある方から紹介されたのが、今の施設なんです。最近は、日本の童謡や唱歌を皆で歌ったり、楽器で楽しんだりして過ごしながら、日本の心を伝えるよう工夫しています。

私が担当しているある女の子は、発語ができないのですが、歌を歌うことを通して何とか発語できるように、と努力しています。またある子は鉛筆を手のひらで握る持ち方しかできなかったのですが、何度も何度も取り組んでいるうちに、「あらっ、できたね!」と、ちゃんと鉛筆を持てるようになりました。そういう、ちょっとした変化もすごくうれしくてですね。どの子に対しても、神様への祈りをもって接しています。

「私にも聖霊を下さい!」

私が幕屋の信仰に触れたのは、もう50年以上前です。当時、浜松市の志都呂(しとろ)という団地に住んでいましたが、同じ団地に住む外山さんというご婦人が自転車で訪問して布を売っておられたんです。

私の家に来られて商売の話の後、「一度、わが家へ賛美歌を歌いに来られませんか」と誘われたんです。私は歌うことが好きだったので、誘われるままに行った所が、外山さんのお宅での幕屋の家庭集会でした。

最初は皆さんが大声で激しく祈られるのに驚いて、「もう嫌だ!」と思って帰ったのですが、翌週になるとなぜか惹(ひ)かれるようにして、また外山さんの家庭集会に行って座っている自分がいるんです。

その後、浜松幕屋での日曜集会に誘われて出た時に、周りの人たちが「神様、聖霊を下さい!」と、熱烈に祈っておられる。それで「私にも聖霊を下さい!」と祈ったその瞬間、手の先からバーッと聖霊が注がれる体験をしたんです。

またそのころ、浜松幕屋にはオルガンを弾く人がいなかったので、私に弾くように頼まれました。そして鍵盤(けんばん)に手を置いた途端、一瞬でワーッと幼い時からのことが走馬灯のように映し出されました。その時「ああ、私がここに来たのは、このためだったんですね」と、つらい過去から救いへと導かれたことを知ったのです。

音楽への思いが変わる

私は5歳の時に、横浜で終戦を迎えました。空襲に遭って、家は焼け、周りも一面焼け野原になり、死体があちこちに横たわっていた光景は覚えています。

やがて私が8歳だったころに、両親が離婚しました。5人兄弟でしたが、私は祖母の家に預けられました。夜になると母に会いたくて、寂しくて、ある日、自殺する決意で縄を持って出かけようとしました。ちょうどその時、「紀子、ちょっと手伝って」と祖母に声をかけられ、それっきりになってしまいました。

以前、お隣が作曲家の家で、お子さんがいなかったので、私はよくピアノで遊ばせてもらっていました。それでその後、独学でピアノを弾くようになりました。ピアノを弾いていると楽しくて、うれしくて、つらく悲しい現実を忘れることができたんです。

でも浜松幕屋でオルガンを弾いた時に感じたのは、ピアノが大好きだといった感情とは全く違う、そんなものを超えて、神様を賛美する喜びというのか、今までの音楽に対する思いが変わってしまう経験でした。

それからは、子供たちが寝静まってから祈り、また毎朝、早くから自転車で浜辺まで出かけて祈っていましたが、それがうれしくてならなかったんです。手を合わせ神様の前にひざまずいて祈ると、不思議な光に包まれる体験を毎日与えられていました。

「死ぬまでここで働いて」

私のいた志都呂団地では、いつしか7~8人の婦人が外山さんの家の集会に集うようになっていました。それぞれ家庭や個人の問題を抱えていましたが、幕屋の祈りによって味わった喜びの中で、しょっちゅう集まってはワイワイといろんなことを話したり、子供たちも一緒になって食事をしたりしていました。

そうやって私たちが塊になって、エネルギーに満ち、喜んで生きているので、いつしか幕屋内では私たちのことが、志都呂”軍団”と呼ばれるようになりました。

浜松には日系ブラジル人が大勢働きに来ていましたが、ある時、近所の日系ブラジル人の婦人と知り合いになりました。その方が私に心の悩みを打ち明けられたので、私は神様に救われた喜びを話し、しばらく共に祈っていました。やがて帰国されたので、私は気にかかっていたその方を、思い切ってブラジルまで訪ねて行き、かの地での幕屋の聖会にお誘いして、一緒に祈ったこともありました。

また77歳の時には、あこがれていた聖書の国イスラエルに3カ月間滞在するという特別な経験もしました。それは「一日が千日にも勝る」喜びの日々でした。

そうして時々仕事を休んだりするので、そのたびに職場に退職願を出すのですが、「あなたは死ぬまでここで働いてください」と言われます。そして、「福原さんは不思議な人だね。帰ってくると、前より元気になっているんだよ」と言われるのです。

ただ、実際はもう年ですから、施設の子供たちのお世話もありますが、自分自身が転ばないようにと気をつけながらの毎日なんです。

これまでの人生を顧みると、決して順調なことばかりではなく、家庭のさまざまな痛みも通ってきました。でも神様は、私の魂を守ってくださいました。そして、こんなにして晩年まで元気で神様に導いていただけることがうれしくて、感謝でなりません。


本記事は、月刊誌『生命の光』874号 “Light of Life” に掲載されています。

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