8月15日を手島郁郎は「終戦記念日」ではなく「敗戦記念日」と呼んだ。それは敗戦の意味を曖昧にしている限り、真の日本民族の再生はないと考えていたからである。
 手島は日本の敗戦を自分の責任であると反省し、神の前に悔いて祈った。その手島をキリストの神は阿蘇で召命し、原始福音の伝道が始まった。

(2000年制作)