イスラエルの小さな町に、ルティという女の子が住んでいました。ルティは、7人兄弟の末っ子です。

 今日は、長い間遠くに働きに行っていた父さんが帰ってくる日です。

 「父さん、まだかなあ」

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 ルティは何度も窓の外をのぞいています。

 「あ、父さんだ! 父さんが帰ってきた!」

 馬車から降りた父さんが、日焼けした顔でドアを開けました。

 「父さん、お帰りなさい!」

 子供たちは、みんな父さんに飛びつきました。

 「ただいま。みんな、いい子にしていたかい? さあ、おみやげだ」

 父さんは、大きなトランクをテーブルの上に、どすんと置きました。中からおもちゃを取り出して、一人ひとりに渡しました。かわいいお人形をもらったルティも大喜びです。

 そして最後に父さんは、母さんに小さな包みを渡しました。母さんはていねいに包みを開けました。中には水色のスカーフが入っていました。母さんは、とてもうれしそう。

 この日から、水色のスカーフは母さんの「とっておき」になりました。大切なお祈りのときだけ、そのスカーフをかぶるのです。「母さん、何だか別の人みたい」。水色のスカーフをして祈っている母さんの顔は、ふしぎな光に包まれて、まるで天使のように見えました。

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 それから何年もの月日がたちました。今日はルティの12歳の誕生日、イスラエルでは大人の仲間入りの日です。

 「ルティ、こっちにいらっしゃい」

 母さんは、ルティを部屋に呼びました。そして、ルティの頭にスカーフをかぶせてくれました。母さんの祈りがしみこんだ、あの水色のスカーフです。

 「今日からあなたも、りっぱな大人ね」

 ルティは、鏡の前に立ってみました。

 「わあ、きれい」

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 鏡の中のルティは、お祈りのときの母さんのようです。ルティは、うれしくてうれしくてたまらなくなりました。

 「母さん、このまま外に出かけてもいい?」

 「ええ、いいわよ」

 ルティは昼下がりの通りに、出てゆきました。むこうから、隣の家の太ったおばさんが、買い物かごをさげてやって来ました。

 「こんにちは」

 「こんにちは、ルティ。いいスカーフだね。よーく似合っているよ」

 「ありがとう」

 ルティはにっこり笑いました。

 しばらく歩いていくと、いたずらな男の子たちが、だれかに小石を投げてからかっています。

 「やーい、こじき」

 「おまえ、きったねーな」

 見ると、道ばたに一人の乞食が座っています。服はぼろぼろ、顔も体も泥だらけです。そのうえ、すねにひどいけがをしています。

 ルティは、そのまま通り過ぎようとしましたが、どうしても気にかかります。どきどきしながら、勇気を出して言いました。

 「こんにちは。おけが、大丈夫ですか?」

 乞食は、ちょっと驚いたような顔でルティを見ましたが、

 「こんにちは」

と言って、顔をくしゃくしゃにして、微笑みました。

 乞食の笑顔を見ると、ルティの胸に喜びがあふれてきました。母さんが、スカーフをかぶせてくれた時の、あの喜びです。

 乞食の目は、きれいな湖のように透き通っていました。ルティは思わず、スカーフを取ってけがをしたすねの上に巻きました。

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 「ありがとう」

 ルティは、もっともっとうれしくなりました。

 けれども、その帰り道、ルティは急に不安になりました。

 「どうしよう。母さんの大切なスカーフだったのに……」

 家に帰ったルティは、母さんにわけを話してあやまりました。母さんは一言も叱りませんでした。ただ、優しくルティを見つめていました。

 その夕べ、ルティの誕生日を祝う食卓で、父さんがこんな話をしてくれました。

 「神様はね、ときどき姿を変えて、私たちのようすを見にいらっしゃるんだ。ひょっとしたら、乞食の姿をしていらっしゃるかもしれないよ」

 その夜、ベッドの中でルティは、乞食の透き通った目と、母さんのスカーフを思い出していました。

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(おわり)
文・ときわ はなこ
絵・ふるかわ ルデヤ
S.Y.アグノン原作『The Kerchief』より翻案