ある小さな村の小高い丘の上に、古い時計台がありました。晴れの日も雨の日も、村の人たちに休まず時を告げていました。

 ここにひとつだけ、ぶつくさ言っているものがありました。それは、時計の中の小さなネジでした。「こんなところで一生過ごすなんてつまらない。ぼくは、もっと世の中の役に立つネジになりたいんだ」

 そう思った小さなネジは、ある日、とうとう家出をしました。

 都会に行くトラックに飛び乗って、大きな機械工場の前で降りました。そして、工場の中に転がりこみました。ガッシャン、キーン、ダッ、ダッ、ダッ! たくさんの機械が、ピカピカ光る部品を次々と生み出していきます。

 小さなネジは、息を呑(の)みました。すごいぞ! これこそ自分がやるべき「世の中の役に立つ仕事」だと思いました。そこで、そばを通りかかった工場のおじさんに言いました。

 「おじさん、おじさん」。 おじさんは、あたりを見回しました。「おじさん、ここです。ぼくはおじさんの足元の小さなネジです」。おじさんは、びっくり。何しろ、ネジに話しかけられたのは、初めてだったのです。

 小さなネジは、この工場でぜひ働かせてほしいと頼みました。おじさんは、こんな古ぼけたネジに働き場所があるかしらん、と思いました。それでも、あんまりネジが一生懸命なので、何とか納まる場所を探して、ぐるぐると押し込んでくれました。

 小さなネジの役目は、最新式の機械のはじっこの、小さな金具をつなぎとめることでした。はっきり言って、おまけのような場所でした。

 それでも小さなネジは、自分をとても誇らしく思いました。だって、その日から「都会の工場の最新式の機械のネジ」になったのですから。青白い蛍光灯に照らされながら、機械は昼も夜も忙しく、働きつづけました。

 ネジは、次々に生まれてくる部品が何に使われるものなのか、ぜんぜん知りませんでした。でも、それが車になって道路を走ったり、ラジオになって楽しい歌を流したりするのを想像してみるのは、とても愉快なことでした。

 そうしている間に、月日はどんどん流れていきました。ある日のこと。見慣れない人たちが来て、ネジがつけられている機械を工場から運び出してしまいました。代わりに、もっとスマートな機械がすえつけられました。機械は最新式ではなくなってしまったのです。

 その日から、小さなネジは工場の裏の空き地で、雨に打たれて過ごしました。もう前のように、そこから飛び出す元気もありません。そしていつの間にか、すっかりさびてしまいました。

 毎日ほとんど眠って過ごしていたネジが、久しぶりに目を覚ましました。それは、裏の空き地にお弁当を食べに来た、工場で働いている女の子たちの話し声を聞いたからです。

 「わたしね、田舎に帰ろうと思うの」。ひとりの女の子が言いました。お母さんが病気になったので、看病のために帰ることにしたのです。女の子は自分のふるさとのことを話しはじめました。

 「わたしが小さかったときにはね、村の時計台が朝晩鳴ると、みんなは手を合わせるの。わたしも、遠くで働いていた父さんのためにお祈りしたっけ。いつからか時計台の鐘が鳴らなくなって、そんなことはしなくなってしまったけれど……。村のみんなが家族みたいだった、あの頃がなつかしいな」

 小さなネジの眠気は、いっぺんに吹き飛びました。そして、一度にたくさんのことを思い出しました。村の景色や、山に吸い込まれていく夕日の色、村の人たちの姿。時計屋さんが自分を時計につけてくれた日のこと、そして自分が時計の鐘を鳴らすために生まれてきたネジだったことを。

 「おじょうさん!」。ネジは、ありったけの声で叫びました。その声に、女の子の足が止まりました。「おじょうさん、わたしを一緒に村に連れて行ってください。わたしはもともとあなたの村の時計のネジなのです。わたしをどうか、あの時計に戻してください。そうしたら、もう一度鐘が鳴るかもしれません」

 女の子は、首をかしげてネジのほうをじっと見ていました。確かにネジの声を聞いたけれど……。

 そして、休み時間の終わりを告げるベルの音に追い立てられるように、工場に帰ってしまいました。ネジは心が引き裂かれるようでした。けれどもそのときです。女の子が走って戻ってきました。そしてネジをはずすと、そっと作業着のポケットに入れました。

 村に戻った女の子は、ネジを村に一軒しかない時計屋さんに持っていきました。時計屋さんは女の子に言いました。「これは驚いた。あんた、このネジをどこで見つけなさった?」。女の子から訳を聞いた時計屋さんは、うーん、とうなって、このネジのことを教えてくれました。

 「村の時計台が鳴らなくなって、直しに行ったとき、すぐにネジがなくなっていることに気がついた。あたりを探してみても見つからない。それで仕方なく、同じような他のネジをつけてみたのだが、どうしても時計は直らない。あの時計は特別製で、ネジも特別な、代わりのきかないものだったのに、なくなってしまってほんとうに残念に思っていたが……。それが戻ってきたとは。不思議なこともあるものだ! さあ、おじょうさん、一緒にネジをつけに行くかね?」

 時計屋さんは女の子を連れて、丘の上の時計台に行きました。時計を開けて、ネジをつけたとき、ちょうど鐘の鳴る時刻になりました。透き通った鐘の音が、村の山々に響きます。

 「おや、鐘が鳴っている。なんて懐かしい音だろう」。村の人々は言いました。そして、誰からともなく手を合わせました。

 お百姓さんたちは、「皆さんに食べていただくおいしい作物ができますように」と祈りました。村役場の人は、「この村が住みよい村になりますように」と祈りました。おじいさんやおばあさんたちは、村の子供たちのために、女の子は病気のお母さんのために祈りました。

 こうしてネジは、時計台に帰ってきました。けれども、心の中はすっかり変わっていました。「ぼくは小さなネジだけど、ぼくにしかできないことがあるんだ」。そう思うと、ネジは喜びで、はちきれそうでした。

 ネジは、今日も鐘を鳴らしつづけています。

(文・絵 毛利 みつる)