今日はうちのじいちゃんの話をしようと思う。じいちゃんは、この村の村長だ。

 じいちゃんは、ひとことで言えば「無口」。

 いつもほとんど、「ん」しか言わないんだ。

 わからない時は「ん?」

 気に入らない時は「んん?」

 いい時は「ん」

 めったにないけど、すごくいいと「んん!」

 これを聞き分けるのには、なかなかじゅくれんの耳がいるんだ。ばあちゃんは、さすがにわかっているみたい。「ん」と軽く言ったら、お茶を持ってくる。これは、テレビで見た海中のクジラの会話よりもむずかしい。

 村の役場の人たちは、たいへんだろうと思う。村長がどう思っているか、そうぞうしなければいけないんだから。

 え? それで村長ができるのって? 大丈夫。かんじんなことはちゃんと話します。

 休みの日は、じいちゃんはよく、お気に入りの帽子をかぶって村の中を散歩します。

 「じいちゃん、ぼくも行っていい?」

 「ん」

 たまには村の中じゃなくて、遊園地とか、おもしろいところがいいなと思うけど、じいちゃんは、楽しそうに村の小道を歩いていくんだ。

 そして最後はきまって、村はずれの小さな山の上に行く。そこからは海も見えるし、川も見えるし、田んぼがひろびろと見渡せるんだ。

 じいちゃんはそこに立って、村をながめる。海の近くに小さな木がずらっと植えられている。

 「じいちゃん、あれ、松?」

 「ん」

 「どうして植えたの?」

 「ん。風がな」

 (ふーん、風から村を守るっていうことかな)

 村を流れている川には3つの石の橋がある。

 「じいちゃん、どうして石の橋なの?」

 「ん。100年もつ」

 (ふーん、長もちするのか)

 じいちゃんは、ふだんは忙しそうだ。台風が来たら夜中でも役場に行くし、次の朝は村人のようすを見に行く。新しい計画もたくさん立てる。でも、じいちゃんの計画に反対する人たちに取り囲まれることもある。ぼくは心配でしかたないけど、じいちゃんは落ち着いているんだ。

* * *

 さて、海の近くにあるおんぼろの小屋に、一人のお兄さんが住んでいた。ある日、そうっとのぞいてみたら、中にはたくさんの水槽があって、お兄さんがそれを見つめては、ぶつぶつ言いながらノートに何か書いていた。

 「何してるんですか?」

 「クラゲの研究をしているんだよ」

 水槽には、小さなクラゲ、光るクラゲ、洗面器くらいの大きなクラゲ、いろんなクラゲが、ゆらり、ゆらりと泳いでいた。

 お兄さんの名前はシンジさん。漁師さんの手伝いをしながら暮らしている。クラゲの飼育は、とってもむずかしいんだって。お兄さんはすごく貧乏だけど、平気なんだって。そのせいかな、ひげはぼうぼう、服も汚い。外を歩いていると、子供たちは逃げるんだ。

 「シンジさんは、とってもいい人だよ」

と説明したけど、だれもわかってくれなかった。

 ある日、じいちゃんと散歩をした時、ぼくがお兄さんの小屋に連れていったら、じいちゃんは目をきらきらさせて、おもしろがったんだ。

 お兄さんは、はりきって説明して、この村にクラゲの水族館をつくるのが夢だって話した。

 じいちゃんが言った。

 「ん、がんばれ」

 お兄さんは、とってもうれしそうだった。

 それからしばらくして、じいちゃんが役場で、「ああいう一生懸命な青年を村で応援しよう」 と言ってくれたらしい。

 ぼくは毎日お兄さんの手伝いをするようになった。水槽に海水を入れたり、温度をはかってノートにつけたり。ミズクラゲは、ぼくのたんとうだ。じっと見ていると、おもしろくて、きれいで、全然あきない。

 ぼくが、毎日そんなことばかりしているから、母ちゃんはおこっている。学校の宿題も忘れたりするから。それにあいかわらずお兄さんは「変わり者」と言われて、だれも近づかない。

 それでぼくは考えた。この小屋に今度の日曜日、みんなを招待しようって。お兄さんも賛成してくれた。

 この計画を家族や友だちに話したけど、だれも行くとは言ってくれなかった。

 ぼくは、じいちゃんに相談した。

 「じいちゃんは、村のことでいろんな人に反対されたりするでしょ。どうして平気なの?」

 「ん」

 ああ、またじいちゃんの「ん」で終わりかあ。と思った時、じいちゃんが言ったんだ。

 「お腹に手を当ててみろ」

 ぼくは両手をお腹に当ててみた。

 「そこから、力がググッと湧いてくることがある。それを感じたら、どんなに反対されても、やりぬけばいい」

 じいちゃんの目の奥がぴかっと光った。

* * *

 ぼくは「招待状」を作りはじめた。クラゲがおもしろくて、きれいだということを知ってもらおう。そしてお兄さんのけんきゅうがすごいっていうことを、わかってもらおう。

 お腹に手を当ててみたら、ググッと力が湧いてきた。よし、やるぞ。ぼくは招待状をみんなに渡して歩いた。

 日曜日が来た。どきどきして待っていたけど、ずっとだれも来なかった。ぼくはためいきばっかりだった。お兄さんは、いつもと同じようにクラゲの世話をしていたけど、とても悲しそう。

 かげぼうしが長くなって、夕方に近づいた時、

 「あれっ!」

 遠くから人が来るのが見えた。帽子をかぶったじいちゃんだった。そして、じいちゃんの後ろには何人もの村役場の人たち。それにお兄さんが手伝っている漁師さんたちも。

 「こりゃあ、たいしたもんだ」

 「おめえがこんな研究をしてるなんて、知らなかったぞ」

 じいちゃんは木の板に「クラゲ研究所」と書いてくれた。ぼくはうれしくてたまらなかった。お兄さんは泣いていた。

 お兄さんとぼくは、その板を小屋の入り口にぶら下げた。そのあとは、満員御礼。父ちゃんや母ちゃん、友だちも次々に来てくれた。

 それからは、「クラゲ研究所」をみんなが応援してくれるようになった。村が大きな水槽を用意してくれたり、漁師さんたちが網にかかった珍しいクラゲを持ってきてくれたりした。

 しばらくして、じいちゃんは村長をいんたいした。静かにくらして、散歩もできなくなった。

 ぼくは、じいちゃんといつも登った小さな山に行く。そして、松林や、田んぼや、村の人のようすを、じいちゃんに話してあげる。

 このまえは、村でクラゲ水族館をつくろうという話があることを話したよ。

 じいちゃんは目を細めて、「ん」と言って、うなずくんだ。

(おしまい)

 

文・くぼた ちとせ
絵・やまもと くみこ