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曲がったプロペラのまま保存されている紫電改(紫電改展示館)

伊藤 啓光

 落ちた養殖イカダの錘を探すため、海に潜ったダイバーの目に映ったのは、海底に静かに横たわる、錆びた戦闘機でした。

 昭和54年(1979年)、愛媛県最南端の城辺町(現・愛南町)久良湾の海底から、一機の戦闘機が引き上げられました。大東亜戦争終結から34年の年月を経て、再び陸地へと姿を現したのです。

 その戦闘機の名は、「紫電改」。

 実機としては日本にただ一機だけ現存する、旧日本海軍の優秀な戦闘機でした。

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紫電改が眠っていた海(愛媛県愛南町・久良湾)

 戦争末期、連合軍による本土空襲が始まろうとしていました。

 日本にとって極めて劣勢な状況の中、もてる国力と技術を駆使して開発された新鋭機が、紫電改でした。日本の勝利を信じ、国のために殉じようとする人たちの思いが結集したのです。

 紫電改の操縦を任されたのは、海軍を代表する選りすぐりの搭乗員たちでした。精鋭の彼らは松山基地に集められ、本土防衛という任務を遂行すべく、連合軍を迎え撃ちました。

 零戦の2倍の馬力をもつエンジンを搭載した紫電改は大きな戦果を上げ、大型爆撃機B29をも撃ち落とし、日本に希望をもたらしました。

 そして、最後の最後まで、雄々しく戦いつづけたのです、日本を護るために。

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紫電改の碑 紫電改の碑(展示館前庭)

 「七たび生まれ変わって国をまもらん」と、紫電改の搭乗員の一人、今井進 二飛曹(享年20歳)は、国に殉ずる決意のほどを親族に伝えていました。

 そのような思いで護国のために戦った、先達たちの精神が、私の心にも熱く迫ってなりませんでした。

 終焉の地・久良湾を望見する山の上の展示館に納められている紫電改は、プロペラは折れ曲がり、機体はぼろぼろです。しかし、今にも飛び立ってゆきそうな姿で構えています。これを操縦する覚悟が、今の私にあるだろうか。本気で祖国日本を護るという思いで生きているのか。

 海底の眠りから覚めた紫電改は、今の日本や、私に失われているものを、再び取り戻させようとして、姿を現したのかもしれません。

 真っ青な太平洋を眺めつつ、未来の日本を夢みて散ってゆかれた英霊たちに対して、心から慰霊の祈りを捧げました。その時、「日本精神を受け嗣がせてください」という祈りが、腹の底から込み上げてきました。

(2015年)
(四国中央市在住)