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 ぼくは日系カナダ人。7歳。

 去年の夏、家族みんなで日本へ旅行に行ったんだ。ぼくも、2人の妹たちも、飛行機に乗ってワクワクしながら、3年ぶりに日本へ向かった。

 日本でいちばんうれしかったのは、なんといっても本物のカブトムシに出合えたこと!

 とっても強そうで、かっこよかった。妙高の山に行ったとき、一匹のカブトムシが売られていた。ぼくは、ほしくてほしくてたまらなかった。

 「お母さん! これほしい! 大事にするから……、ねえ、買ってよ~!!」

 ぼくは、しつこくお母さんにお願いした。

 「でもね、キヨくん。今このカブトムシを買っても、カナダに持って帰ることはできないのよ。それでもいいのね?」とお母さんは聞いた。

 「うん! それでもいい! 飛行場で逃がすから。少しでも飼うことができるなら、それでいい!」

 とうとうぼくは、あこがれていたカブトムシを買ってもらった。空に向かう角は、槍にも、アンテナにもなる。かたくて茶色い、よろいのような体は、太陽の光を反射させる。虫との戦いでは、負けることは考えられない。

 うれしくて、どこに行くにもカブトムシの入ったかごを持ちあるいた。トイレに行くときも、カブトムシの活動を観察し、寝るときは、ぼくの枕もとに。

 山を下りてからは、東京に住んでいる、いとこのカズキくんちに泊まりにいった。カズキくんもカブトムシを飼っていて、2人でくらべっこしながら遊んで、とても楽しかった。

 何日か泊まった、ある朝のこと。

 「かごの中にカブトムシがいない! どこに行っちゃったの!?」

 ぼくは泣きそうになって、お母さんに聞いた。 「え!? ホントに!? もしかして、飛んで逃げちゃったのかしら!」

 お母さんはその前の夜、羽の音がうるさいからって、かごを13階のベランダに置いちゃったんだ。お母さんが外に置かなければ、逃げなかったのに……、どうしてそんなことしたんだ。

 「お母さんなんて大きらい!」。ぼくは泣きながら、お母さんのおなかを何度もたたいた。

 「キヨくん、ごめんね。大好きなカブトムシ、いなくなっちゃって、悲しいよね。 ほんとうにごめんね」

 お母さんは何度もあやまりながら、ぼくのことを抱きしめてくれたけど、悲しくて悲しくて、涙がどんどん出てきた。

 それからずっと、ぼくの頭の中はカブトムシのことばかり。カナダに帰ってからも忘れることはできなかった。

 そんなある日、お母さんが病気になって家からいなくなっちゃった。入院したんだって。

 お父さんが、「お母さん、重い病気になっちゃったんだよ。でも、お祈りしたらかならず神様がなおしてくださるから、みんなで祈ってゆこうね」と言った。

 2人のおばあちゃんが来て、ご飯を作ったり、ぼくたちの歯をみがいたり、おフロに入れてくれたりした。お母さん、そんなに大変なのかな。お母さん、どうしちゃったんだろう。ぼくにはよくわからなかった。

 お母さん、大きらいなんて言ってごめんね。とてもさびしい気持ちになった。

 それから毎晩、お父さんたちは大きな声で神さまにお祈りしていた。ぼくは、最初はそこに座らないでテレビをみたりしていたけど、だんだん一緒に祈るようになった。

 ぼくのお祈りはふたつ。

 「神さま、どうかお母さんを元気にしてください。それと、もう一度カブトムシをください」

 毎日毎日、そのことばっかり祈った。カブトムシのかわりに、アリやバッタ、ミミズ、てんとう虫やだんご虫を、庭の畑や学校の入り口の花だんで捕まえて、飼ってみた。だけど、やっぱり何か物足りない。

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 いろんなところにカブトムシの絵を描いた。落書き張いっぱいに、道路にも、お父さんの大学の研究室に大きなホワイトボードがあったから、そこにも大きく描いたんだ。

 レゴブロックでも、折り紙でも、作る形はカブトムシ。庭の木に、メープルシロップもぬってみた。毎日毎日、カブトムシが、そのシロップを食べに来ていないか確かめてたけど……、やっぱり来ない。

 いつの間にか外には雪がつもり、寒い冬になっていた。お母さんは病院から帰ってきたけど、まだ身体が痛いんだって。毎日のお祈りは続いていた。

 そんなある日、お父さんが仕事から帰ってきて、お弁当箱くらいの大きさの箱を、ぼくに渡してくれた。

 「キヨミツ、このあいだ、お父さんの研究室の大きなホワイトボードに絵を描いただろう? その絵を、たまたま通りかかった、虫を研究している先生が見て、『そんなにカブトムシが好きな少年がいるなら、私の幼虫をわけてあげよう!』と言って、たくさんの幼虫をくださったんだよ。大切に育てなさい」

 夢のようだった。神さま、ほんとうにぼくのお祈りを聞いてくれた!

 すごい! ほんとうに、お祈りって聞かれるんだ。

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 お父さんもお母さんも、おばあちゃんたちも、みんな一緒に喜んでくれた。その夜は、うれしくてうれしくて、お母さんに、もう寝なさいって言われても、なかなか眠れなかった。カブトムシの幼虫、早く大きくなってほしいな。

 「ぼくのお祈り、神さまが聞いてくれたね。だからもう一つのお祈りも、きっと聞かれるね」

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 すると、お母さんが言った。

 「キヨくん、お祈りありがとう。今日、病院の先生にみてもらったらね、今まで飲んでいた、一生飲みつづけることになるでしょうって言われていたお薬、止めていいですよ、って言われたのよ。これからは神さまがお母さんの身体を支えてくださるから、もっともっと元気になれるね。お母さん、とってもうれしいよ」

 お母さんは泣きながら、ぼくをギュッと抱きしめてくれた。

 「ぼくのふたつのお祈り、聞いてくださった神さま、ほんとうにありがとうございます。これからも、みんな元気に過ごせますように。神さま、いつも一緒にいてください」

(おしまい)

ぶん:ふじわら のぶこ
え:ふじわら きよみつ

(重症筋無力症を患う母と、その子供の実話です)