dowa_ikikae1

 ここはイスラエルの北部。丘のふもとに、どこまでも続く平原が広がっていました。この平原の中にシュネムという村があります。このシュネムの村からロバが、ものすごい速さで走り出てきました。

 ロバに乗っているのは、この村に住んでいるシュナミートという裕福な婦人です。あとを追いかける召使いが、叫んで言いました。

 「奥様……、もう少しゆっくり行ってください」

 「おまえは村に帰ってもいいのですよ。私は大急ぎでエリシャ先生のところへ行くのですから」。シュナミートが、ロバの上から言いました。

 「ええっ、エリシャ先生のところって、カルメル山…までですか?… ハァ、ハァ…、とても日が暮れるまでに…ハァ、つきませんよ」。とうとう召使いは、走るのをやめてしまいました。

 彼女は少しもスピードをゆるめません。どうしても今日じゅうに、遠くカルメル山に住む、エリシャのところに行かなくてはならなかったのです。エリシャは、神様の言葉を国じゅうに伝えている預言者でした。

 そのエリシャのところに、なぜこんなに急いで行かなければならないのでしょう。

 今日の昼前のことです。シュナミートの息子が、父親と畑に出ていましたが、頭がいたいと言って、召使いに抱えられて帰ってきました。

 頭を冷やしてみたり、背中をさすってみたり、懸命に看病しましたが、痛みはひどくなるばかり。そして、しだいに泣き声も小さくなって、ぐったりとしてきました。

 呼びかけても返事をしなくなりました。目もかたく閉じられています。シュナミートがしっかり抱きしめると、なんと息をしていません。

 急いで子供を抱いて、ベッドにねかせました。そして祈りました。

 「神様、息子が死んでしまいました……。子供が生まれなかった私に、あなたはこの子を与えてくださいました。どうか助けてください」

 彼女には、長い間子供がありませんでした。けれどもエリシャが、子供が生まれると予言したのです。そして子供が与えられました。ですから、なんとしてでもエリシャのもとに行かなければならないと思ったのです。

 シュナミートは、ロバを走らせながら神様に祈りました。

 「エリシャ先生に来ていただけば、きっと大丈夫。息子は生き返る。神様、そうですね」

 カルメル山についたときには、もう日が山に沈みそうでした。

 「エリシャ先生、先生はどこにいらっしゃるのですか」

 「これはシュネムの村の奥様、遠いところをようこそ。一体どうなさったのです」。エリシャの弟子が出てきて言いました。

 「先生はどちらですか」。シュナミートは挨拶もせずに聞きました。

 「今すぐ先生にお会いしなければなりません」

dowa_ikikae2

 エリシャが奥から姿をあらわしました。

 彼女は、突然その場にひれ伏して言いました。「神様は生きています。あなたの魂も生きています。どうか私の家まで一緒に来てください」

 エリシャはそのようすから、何かただならぬことがあったと感じました。「あなたの子供に、何かあったのですね」

 「先生は私の願いを知り、私に子供が生まれるように祈ってくださいました。そして神様が、私に与えてくださったその息子が……。すぐ私と一緒に来てください」

 エリシャはすぐにシュネムへ向かいました。

 村についたときには、もうあたりは夜中になっていました。部屋に入ったエリシャはおどろきました。小さい男の子が、ベッドの上で冷たくなっていたのです。

 この子は、いつもエリシャが村へ来ると、一番に迎えてくれました。その笑顔を思い出すと、エリシャの胸の中があつくなりました。

「お母さん、あなたは部屋の外でまっていてください」。そう言って、一人だけで部屋に残りました。

 エリシャは思わず、子供の上に覆いかぶさって祈りはじめました。小さい手の上に自分の手を、足の上に自分の足を、というようにかぶさって祈りました。何度も何度も祈りました。それでも子供は身動き一つしません。

dowa_ikikae3

 一晩じゅう、そうやって祈りつづけました。どのくらい時間がたったでしょう。東の空がうっすらと明るくなってきました。

「神様、どうかこの子を助けてください……」

 子供の体が少し動いたような感じがしました。そして、体があたたかくなってきたのです。

 突然、「くしゃん、くしゃん」と、くしゃみをしたかと思うと、子供は目をぱちっと開きました。そして、

 「先生、今日、おとまりに来てたの?」 と聞いたのです。

 エリシャは子供の顔を見て、にっこりと笑いました。男の子もエリシャの顔を見てにっこり笑い、言いました。

「お母さんは?」

「部屋の外にいらっしゃるよ」

 部屋のとびらを開きました。シュナミートもとびらの外で、一晩じゅう祈っていたのです。

「さあ、お母さん、あなたの子供を連れていきなさい」

 彼女は、ベッドの上に起き上がっている子供にかけよって抱きしめました。

 「ああ、神様は生きておられる。私たちの魂も生きています。ありがとうございます、神様」と何度も何度も言いました。

dowa_ikikae4

 エリシャはそれからも、何度もシュネムの村へやって来ました。そしてシュナミートの家は、ずっとずっと神様に祝福されつづけたのです。

(おしまい)

dowa_ikikae5

現在のシュネム付近

文・さとう よしこ
絵・リカ トーヴ

※この物語は、旧約聖書の列王紀下4章を元に作りました。