真っ白なプルメリアの花が咲いています。さとうきび畑が、サヤサヤと歌っています。ここはハワイ諸島のひとつ、マウイ島のワイルクです。
今から100年以上前のこと、ヘレナという女の子が住んでいました。お父さんとお母さんは、さとうきび畑で働いています。
ヘレナは最近、背中や腕のできものを気にしていました。お母さんがそのことに気づいたのは、だいぶ日がたってからでした。お医者さんにみてもらうと、すぐにレプラ(ハンセン病)という病気だとわかりました。
レプラは、そのころハワイじゅうで流行していました。できものができて、そのうち顔や手足が崩れてゆきます。当時は、死んでしまう人がたくさんいる、恐ろしい病気でした。
ハワイ政府は患者たちをモロカイ島に送ることにしていました。ヘレナも、近いうちにモロカイ島に連れていかれることになりました。
ヘレナの部屋からは、もうすぐできあがる教会が見えていました。
「ねえ、お母さん、私あそこでお祈りしようと思うの。あんなに空が近いんだから、お祈りが天国に届くでしょ? 私の病気も良くなるよね」
お母さんは、何も言わずにほほえみました。
カラーン、カラーン。
朝のワイルクの町に、教会の鐘がなりひびきました。
「ヘレナ、今日は新しい教会に、これを着ていきなさい」。お母さんは、きれいな水色のムームーを見せて言いました。前の晩から縫っていたのです。
「わあ、ありがとう!」
ヘレナはさっそくムームーを着て、家を飛び出しました。そして教会への道を走っていきました。
ちょうど同じころ、一人の若い神父が、ワイルクの教会に着きました。隣のハワイ島で伝道しているダミエンです。ダミエンは、ベルギー出身の33歳。ハワイ島に来て、9年たっていました。
今日は、新しくできた教会のお祝いにかけつけたのでした。ワイルクの教会には、ダミエンの他に8人の神父が来ていました。そして、マウイ島のあちこちから、たくさんの人たちが集まりました。
お祝いの式の間、ダミエンが前の方から見ていると、大人たちの中に、水色のムームーを着た小さな女の子が座っています。ヘレナです。ヘレナは小さな手を合わせて、一生懸命に祈っていました。ダミエンは、スカーフに隠れた、できものを見つけました。
「あの子もレプラ……」。彼の胸がぎゅっとしめつけられました。式が終わり、人々は帰っていきました。ヘレナもうれしそうに家に戻っていきました。
さて、教会に残ったのはダミエンたちだけです。ハワイ諸島のカソリックの責任者、メグレ司教が話しだしました。
「みなさんも知っていることでしょうが、今のモロカイ島はひどい状態です。人々が希望をなくして、苦しんでいます」
たしかに、ひどい状態でした。レプラ患者たちは、モロカイ島の北に突き出した、カラウパパ半島に送られていました。前には、鮫のたくさんいる海が広がり、ドーン、ドーンと波しぶきをあげています。後ろには切り立った絶壁。どこにも逃げられません。
医者もいませんから、治療もできません。病気はますます悪くなって、たいていの人は2、3カ月で死んでしまいました。どうせ死ぬんだからと、お酒ばかり飲んだり、泥棒や乱暴も平気になったり、まるで地獄のようでした。
「2週間の交代でもよいから、伝道に行ってほしいと思うのです」。ためらいながらメグレ司教は言いました。
その時、はっきりとした、大きな声が響きました。
「私を行かせてください」。ダミエンでした。
「私はもう、ハワイ島にはもどりません。すぐにでも行かせてください」。メグレ司教はダミエンの顔をジッと見て、うなずきました。
「わかった。では、ここでの用事がすんだら、私が連れて行きましょう」
その3日後。ダミエンとメグレ司教は、馬に乗って、ワイルクを出発しました。
カラーン、カラーン。
新しい教会の鐘が、二人を見送るように鳴り響いていました。港には、モロカイ行きの船がとまっていました。レプラの患者たちが次々に乗せられていきます。

ワイルク教会の鐘(ダミエン当時のもの)
女の子が、両親に手をひかれて来ました。
「必ず会いに行くからね」。お父さんが、きつく抱きしめて言いました。水色のムームーが風になびいています。ヘレナでした。ヘレナはうつむいたまま、小さくうなずきました。
「これがお母さんだと思ってね」。お母さんは布でできた人形を渡しました。
ヘレナは、何回も振り向きながら、係の人につれていかれました。船は港を離れて、出て行きました。ヘレナは甲板に立って、いつまでも手をふっていました。やがて、港は見えなくなっていきました。ヘレナは、そのまましゃがんで、泣き出してしまいました。
「かわいい人形ですね」
見上げると、どこかで見覚えのある神父さんが立っています。
「お父さんやお母さんと離れてさびしいね。でも、天のお父様は、いつもあなたといっしょにおられます。そして、私もずっといっしょだよ」。ダミエンは、ヘレナを優しくなでました。
モロカイ島が近づいてきました。大きな大きな壁のような岩山が見えます。波が、はげしく船を揺さぶりはじめました。
「あれだ、あそこがカラウパパだ」。ダミエンは心臓がドキドキ鳴って、なぜか体じゅうに力がわいてきました。
「みんなが待っている。あそこが私の生きる場所、そして死ぬ場所なんだ」
ダミエンはじっと前を見つめていました。
ダミエンは、その後16年間、モロカイ島で過ごしました。最後は、自分自身もレプラにかかって、亡くなっていきました。
モロカイ島での二人の様子は、次の号で話しましょう。
文・まちやま みねこ
絵・ばば のりこ