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 これは、イエス・キリストがお生まれになる、さらに千年ほど前のお話です。

 そのころイスラエルの国は、神さまに選ばれたサウルという王さまが、治めていました。

 ところが、ある時から、サウル王は神さまのお言いつけを守らなくなり、心が暗く落ち込んでは、ときどき乱暴なことをするようになりました。ですから、イスラエルの人々は、神さまのお心をくんでりっぱに国を治める人が現れることを、願っていました。

 ある日の午後、突然、エルサレムから少し南に位置するベツレヘムの村に、王さまに仕える将軍が、馬を飛ばしてやって来ました。そして、村人に尋ねました。

 「私は以前、この村を通りかかった時、竪琴を上手に弾く少年を見かけたことがあるんだが……。その少年のいる所へ連れていってくれないか」

 村人たちは、その少年が誰であるか、すぐにわかりました。

 「ダビデですね……。その子なら、あの丘を越えた向こうの荒野で羊の番をしていますよ」

 将軍は、村人が指さす丘のほうへ急ぎました。丘の上まで来ると、将軍の耳に竪琴のかすかな音が風に乗って聞こえてきます。

 ポロローン ポロローン
 ポロポロローン

 将軍は疲れも忘れて、うっとりと聴き入ってしまいました。

 (私の思ったとおりだ!)

 将軍は、われに返ると、馬で丘をかけくだり、少年の前に立ちました。将軍は、少年の澄んだ瞳を見て、はっとしました。

 (ふしぎな少年だ。この子には神さまが共にいらっしゃる)

と独り言をいいました。

 「おまえがダビデだね。じつは、王が重い心の病気になられたのだ。それで宮殿に来て、その竪琴を弾いてくれないか。その美しい琴の音色で、王の心をなぐさめてほしいのだ」

 「えっ、サウル王さまが病気に、ですか? でもぼくは、ただの羊飼い。宮殿の音楽家ではありませんし、この羊たちの番をしなければ、父に叱られます」

と、ダビデは答えました。

 そこで、将軍がダビデの父に会って許しをもらってから、ダビデは王さまの町ギベアへ行くことになりました。

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 翌日、ダビデは、ひとり夜明けを待って、ロバで出発しました。胸には、5本の琴糸がはられた小さな竪琴を、しっかりと抱えています。

 ギベアの町は、ベツレヘムから北へ14キロほど行った丘の上にありました。その真ん中に、石を積み重ねて造られた王さまの小さな宮殿がありました。

 宮殿の中庭まで行くと、将軍が迎えてくれました。

 「おお、ダビデよ。よく来てくれた。王の容体は、ますますひどくなった。だまっていたかと思うと、突然、わけもなく槍を投げつけたりするんだ」

 そう言って、重く閉ざされた扉を指さしました。

 ダビデが部屋へ入っていくと、中は暗くて、今にも消えそうな小さな灯火が、一つあるだけです。

 目がなれてくると、奥の壁にぐったり寄りかかり、足を投げ出して座り込んでいる大きな人影があります。そのうなだれた頭に、金色の冠が見えてきました。王さまの足もとには槍がころがって、その穂先が光っています。

 (王さま!……)

 ダビデは恐ろしさのあまり、その場に立ち止まってしまいました。それから、心臓をドキドキさせながら、大きく息を吸って、勇気をもって近づきました。

 青白い王さまの顔です。苦しそうに額にしわを寄せて、目はかたく閉じられています。

 (ああ、王さまがこんなに苦しんでおられる)

 ダビデは、もうこわいのを忘れていました。そして、ダビデの胸から、涙とともに熱い思いがあふれてきました。

 「神さま! ぼくが王さまのために竪琴を弾けるように力をください。心を込めて奏でますから、王さまを助けてください」

 ダビデは王さまの前にすわると、竪琴を弾きはじめました。

 ポロローン
 ポロローン ポロポロローン……

 大きな音ではありませんが、ふしぎと心の中に波のように広がってくる響きがあります。その音は部屋の空気を震わせ、テーブルの上の銀の杯やお皿を、ブーンと小さく響かせます。

 最初の曲は、らくだの隊商が夜明けの砂漠を旅していくような、ゆっくりした曲でした。ダビデはそっと王さまのほうを見ましたが、ぴくりともしません。

 次に、春の草原を小川が流れるような曲、続いて、小鳥が木陰でやさしくさえずっているような曲、麦の穂を鳴らして渡る風のような曲など、今までダビデが自分で作った曲を、次々と弾きつづけます。

 それでも王さまは、死んだように動きません。

 (神さま、どうぞ、王さまの心を開いてください)

 そうダビデはささやくと、琴糸に耳を近づけ、静かに天を仰ぎました。そして、小さく奏でながら、祈るようにして歌いはじめました。

 「主よ、あなたは私の羊飼い、私には乏しいことがありません。
  あなたは私をみどりの牧場に伏させ、憩いのみぎわに伴いゆかれます。
  主は私の死んだような魂を生き返らせ、御名によって救いの道に導かれます。
  たとい死の陰の谷を行くときも、わざわいを恐れません。
  あなたが私と共におられるからです……」

 するとどうでしょう。王さまが顔を上げて目を開き、はじめてダビデのほうを見ました。

 王さまのぼんやりとした目と、ダビデの目が合った時、ダビデに一つの光景が幻のように浮かんできました。それは、子羊が羊飼いを見失って泣いている光景です。

 (王さまの病は、王さまの心が神さまを見失ったからかもしれない……。ぼくは、王さまの心といっしょになって、神さまに祈ろう)

 そう思って、祈りの曲を王さまの心にしみ入るように奏でつづけました。しばらくたったころ、王さまがはじめて言いました。

 「ああ、朝露のように、私の心におまえの歌がしみてくる。さあ、もっと神さまを賛美する歌を奏でておくれ。祈りの歌をうたっておくれ」

 「はい、王さま!」

 ダビデはそう答えると、さらに歌います。

 「主はほむべきかな。
  主は私の願いの声を聞かれた。
  主は私の力、私の盾。
  私の心は主に寄り頼む……」

 王さまも、それに合わせて口ずさみ、だんだんと、心に力が満ちてきて、顔色が見る見る明るくなってきました。そして、よろめきながら立ち上がって、歌に合わせて手を挙げて踊りだしました。

 ダビデは元気になった王さまを見てうれしくて、神さまへの感謝と賛美がますます湧いてきて、とまりません。

 ついに高い音を出すほうの糸が一本、また一本と、切れてしまいました。でも、心の中にある竪琴を奏でるような思いで、神さまに向かって歌いつづけました。

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 どれほど時間がたったのでしょうか。ダビデは、天国にいるような喜びに包まれました。そして、その口からふしぎな言葉が突き上げてきたのです。

 「やがて、のちの日に天の門が開け、
  救い主が地上に誕生するでしょう。
  そのおかたは、神の生命を受けて、
  それを人々に豊かに与えることでしょう」

 すっかり暗くなったころ、ダビデはベツレヘムの家に向かって、荒野の道を歩いていました。まだあのふしぎな言葉が心に響いていて、体は感動にしびれて、雲の上を歩いているようでした。

 やがて、この少年ダビデは成長し、神の油を注がれてイスラエルの王さまとなり、りっぱに国を治めました。

 さらにそれから千年ののち、ダビデ王の家系に、ひとりの男の子が誕生しました。その名は、イエスと名づけられました。(おわり)

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文・みなみの はるか
絵・合田 洋介
(参照:サムエル記/R・ブラウニング『サウル』)