「原始福音キリストの幕屋」のホームページです。日本人の心で聖書を読んだ手島郁郎の創刊による月刊誌『生命の光』、聖書の講話、聖霊による回心の証しなどを紹介しています。

日本のために

手島 郁郎

 キリスト教がわが国に伝えられて100年だが、これは西洋式のキリスト教であって、本来の原始福音ではないということです。各国から宣教師がやって来て、盛んに宣教してくれますが、有難迷惑です。日本人には日本民族固有の精神と感情があるのでして、他国の宗教をそのまま持ってきても、ここに根を下ろすものでない。数万の宣教師、牧師たちが伝道しても、100年の間にやっと二十数万人のクリスチャンしか日本にはできない。

 今のキリスト教会は真の霊的精神を汲み取らず、やたら外国の風習の模倣ばかりです。日本人には日本的キリスト教が必要なのです。

 だが、ある人は言うでしょう、「真理が大事だ。真理は普遍的だから、何も日本的キリスト教などと言わんでよいでしょう」と。つまり、人類的キリスト教が説かれればいいでしょうと言います。そう言いながら、ラテン的なカトリック教、あるいはドイツ教、アメリカ教を押し売りします。しかし、歴史を回顧してみるとき、国別にやはりその発生地らしい風習のキリスト教が栄えているものです。トルコやロシアではギリシア正教会がふさわしい。英国は聖公会、ドイツはルーテル教会、フランス、スペインは旧教といったように、日本にはやはり日本的キリスト教が生まれないと駄目です。

 仏教でも鎌倉時代になって、道元、日蓮、法然、親鸞などが輩出して、禅宗、日蓮宗、真宗など、日本人にぴったりする仏教を確立してくれたればこそ、日本精神のバックボーンになりました。日本的キリスト教がどうしても日本に必要だと、私が申せば、あるいはこれを偏見だと人は言うでしょう。けれども、宗教的真理は数学や科学的な真理と違って、3+3=6というような公式的なものでありません。生命的な真理であり、土壌と気候が違えば生命は違った花を咲かせるように、日本民族にキリストの霊が伝わる時には、日本の旧約を土壌にして日本的キリストの花が咲くものです。

 日本的個性をもつキリスト教でなければ、大和魂をふるい立たせることはできません。他国からの翻訳のバター臭いキリスト教では、高潔な魂をもつ人々は付いてこぬ。彼ら宣教師にごまかされないのが日本人です。

 2000年前、東洋の一角に起こったイエスの霊的宗教と、その神秘な力は、永い間、理知的な西洋人にゆがめられて伝えられてきたが、アメリカを経て世界一周したキリスト教は極東の日本において、もう一度、昔日の面影を、それに倍する霊的光彩を取り戻さしむべく、キリストは生きて、今この大和島根に働き、遺れる民を集めんとて歩きつつあられるのではないでしょうか。

 日本の宗教史の出来事を調べますと、私たち少数の者たちにキリストの原始福音が吸収されることによって、日本人の血を沸かし肉となる宗教でさえあるならば、これはやがて驚くべき歴史の原動力となる! そう確信してやみません。

 現実は、手島がそんなことを言ったって、どうする? 行き詰まった世の中で新聞を見ても悲観材料、悪材料ばかりで、とてもそんなことが叶う日はなかろう、と思われるでしょう。しかし、歴史は変わります。時間をかけると変化する。もし、私たちが神を信じて生き、血を流し生命を捨ててでも、「どうかこの福音を成就したまえ」と祈りつづけるなら、神様は必ずそのような時を私たちにつくってくださり、私たち一同の大きい願いが聞かれると思います。

日本のために

子ページ:愛国心の回復

子ページ:戦後教育の誤り

 
PAGETOP
Copyright © 原始福音キリストの幕屋 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.