「原始福音キリストの幕屋」のホームページです。日本人の心で聖書を読んだ手島郁郎の創刊による月刊誌『生命の光』、聖書の講話、聖霊による回心の証しなどを紹介しています。

幕屋ペンテコステ

吉村 騏一郎

 昭和25年(1950年)の夏から、手島先生は席の暖まるいとまもなく遠近をかけめぐった。

 各地の信者から招きを受けて出かけると、至るところで難病が癒やされた。盲人は見え、足萎えが歩みだした。無教会の一部には、幕屋は異言や、預言、神癒をもって、無教会でいうところの「信仰のみ」の範囲をはみ出した、異端信仰だとする批判も高まりつつあった。しかし多くの人々は、素朴に驚嘆しながら生けるキリストの御名をあがめた。

 そしてその秋の11月3日から5日まで、再び阿蘇垂玉温泉の滝見荘において特別聖会が催された。この時集ってきた人たちは、熊本や飯塚など、各地の貧しい教友たち59人であった。講師として東京大学の小池辰雄教授や西南学院大学の里見安吉教授が招かれていた。この時、開会前に特に聴講票の提出が求められた。

 配られた用紙を何気なく受け取った私たちは、思わず血の引く思いがした。その備考欄に、(1)入信の時期と動機、(2)回心の経験ありや、(3)イエス・キリストとは何か、(4)十字架とは何か、(5)本講演についてのご希望、という問いかけがあったからである。各自の信仰の告白が迫られている! あいまいなことは許されぬ。みんなは必死となった。筆者にとっては3度目の阿蘇講筵であるが、この信仰試験にはすっかり度胆を抜かれた。ただならぬ予感が各自の胸に迫り、会場全体に真剣な雰囲気が漂った。

霊的苦闘の夜が明けて魂の新生体験

 第1日目は、小池先生の「人間革命」と題する聖書講義があった。その夜、手島先生から数名の婦人に対して、徹夜の異言講義が行なわれた。出席した平田靜さんは、次のように感想をしるしている。

* * *

 徹夜の聖書講義と祈祷の一夜、実に悲壮な血みどろの戦いの一夜でした。この激しい情景はとても文字には書けません。この夜、とくに手島先生に選ばれて集う婦人は10名。手島先生から一人ひとりに信仰問答がある。ぼんやり神様を信じていたり、曖昧にキリストを考えていた人には、「キリストに不信心」とお責めになる。

 「どうして神の愛が、十字架の悲痛なキリストの呻きがおわかりにならぬのですか」と熱涙をはふり、訴えられる。先生の厳しい気迫。神を想う熱情。私たちへのご熱愛。永い信仰生活をかえりみて、私はこんなに凄い先生、かくも偉大な牧者に出会ったことはない。キリストの御愛に打ちひしがれて、今は地位も名も失い、会社の社長としての巨万の富もかなぐり捨てられた先生であればこそ、と頭がさがる。

 山峡の夜はふけて、彼方からひびく滝の音は夜気をゆすってくる。なんだか自分の魂が遠い、太古から探していた懐かしいところに来たんだ、という安らぎがする。睡魔は私の心に忍び入り、サタンは私に眠り薬をくれる。先生のご講義の声も楽しい夢のようにうつら、うつらする。

 突然、先生の大喝! 全身が身震いするようにはね起きた。「何ですか! 十字架上の主の御惨死を説いているのに。それでもあなたは救世軍の伝道者だったのですか! ああ、山室先生が泣いておいでになるぞ!」。すぐ、睡魔は退散。ハッとしました。「あなたはかつては救世軍士官として、東北地方から関東地方まで広く伝道したではないか。それが、今は、中学教師にまでなりさがって!」

 激しい手島先生のご叱責に、私の身も心もたえがたく、あんなに疼いたことはない。20年来の腫れ物の大手術が瞬く間に行なわれた気持ちでした。この夜ばかりは、ああ、死んだがましだと思いました。でも、叱られてよかった!と、私の魂は陽の目を仰いで、大歓喜にむせび泣いています。

 昨日まで私は聖霊、聖霊と口にしながら、真に実在を感ぜず、十字架の真の意味すら頭の中で教理的に合点していたのでした。エホバの聖手が自分の上にあることを感じながらも、不従順な私に霊魂の喜悦はありませんでした。しかしこの夜、主はこの卑しい土の器を憐れみ、偉大なことをしてくださいました。また集った10名の姉妹たちにひとしく異言の賜物を与えてくださいました。

 先生、ほんとうにありがとうございました。神の鞭を強く執り得る使徒……。真の愛が、今こそはっきりわからせていただきました。

 ほのぼのと霊的苦悩の激しい一夜があけはじめ、魂の新生をしました。一室に集った姉妹たちもみなひとしく聖霊の愛に包まれて、嬉しさにむせび泣いていました。ほんとうに狂喜しそうな、うれしい魂の夜明け!

日本の宗教史に残る聖霊の降臨

 第2日目の夜は、11時から男子部の選抜組に「真の信仰とは何か」という、信仰の心路(すじ)を正す提唱があり、各地から集まった教友たちが一様に先生に質問する。「異言や預言、神癒の秘密を先生はどうして得られ、いつ発見されたのですか」

 先生はそのとき言われた、「私は特にこれらを得たり、発見したのではない。それは旧約聖書以来、聖書に約束されているもの、すなわち聖霊の御作用である(イザヤ書59章21節)。聖書の信仰を純粋に究めれば究めるほど、神の大いなる祝福を蒙ることは、アブラハム以来の公然の秘密ではないか。私は静かな、そして純な聖書の信仰を塚本虎二先生などに学んだが、この信仰の心路をあるとき激しくゆすぶってみた。信仰はただ約束を信じて、じっとしていることとは違う。約束を事実にもたらすことである。そのためには全人的な冒険が問われる。約束の成果は明白に聖書に示されている。

 しかし誰もこの約束のものを得ようとしない! 生死を賭す冒険をしないからである。信仰は実験的なことである。スペキュレーション(投機)である。これをやるか、やらぬか。私はどうせ失敗しても、恥かいても、もともと出来そこないの男。思い切って激しく信仰の木を揺すってみた。そのとき思いがけなく、生命の木は豊かな果実を、私の上に降らせてくれた。そして、この信仰の心路に、イエス・キリストが今も生きて、いたく働き給うことを知った。マルコ伝16章の最後に記される『主もまた偕に働き、伴うところの徴をもって御言葉を固うし給う』ということの真実を、私は経験するのである。今も生きて働き給う主キリストを信じ、主と偕にあることが真の信仰である。私は、奇跡や異言や霊の賜物を目標に、何かを信じたのではない」

 先生は徹頭徹尾、ただ、生けるキリストを会衆の魂に打ち込み、主の御力を現わそうと渾身の力をふりしぼって語った。ついに未明まで講じつづけ、河野薫、山元重光、有松信太郎、桜井信市、新納敏生の諸兄が御霊のバプテスマを体験し霊言に恵まれた。しかし三日三晩、断食しながら不眠不休の、超人的な活動に先生は疲労の極に達した。痛々しいまでに体は憔悴していたが、主の能力が辛うじて先生を助けていた。ああ、魂の産婆役の何たる激務ぞ! 「誰か弱りて、我弱らざらんや」との、使徒パウロの言葉をいまに見る思いであった。

 11月5日、講筵最後の日、朝から昼にかけてのラスト・シーンこそは、日本の宗教史上空前の出来事であり、特筆すべきペンテコステ、聖霊降臨の事件として後世永く伝えられるものであろう。実に世紀の壮観であった。18世紀の英国をリバイバルの嵐に押し包んだジョン・ウェスレーの最初のリバイバルも、かくやと偲ばせるものであった。集う者59名、筆者たちは何かこの一瞬に、比較に絶する聖なる刻印を、神からじきじきに、各自の魂に灼きつけられそうな予感がした。全身は異常な霊的昂奮にぶるぶるふるえていた。

 「真の信仰とは、私たち各自にキリストの生命が内住し、聖霊の愛に生きていることだ。ここに信仰の奥義がある。天上、天下、主イエス・キリストの聖名以外には、人間を救う名を神は与えておられない」と先生が論じゆくうちに、幾人かの人たちはひどい霊圧に呼吸も苦しげに身悶えしはじめる。小池先生の祈りの中に、藤岡弘之君などの高校生は、ダマスコ途上のサウロのように霊縛され、その場に打ち倒された。

 悔い改めの慟哭。血を吐くような魂の雄叫び。感謝と賛美がほとばしり、いつしか堰を切ったように落ちたぎる聖霊の奔流に、全員が魂を注ぎ出して祈りだしていた。ほとんどの人が異言を語りだし、まだ信仰の浅い肺壊疸の堀川青年さえも、異言で祈っている。先生は司会者として講壇の前にいたが、あまりのすごい霊のエマナチオン(放射)の旋風にあおられ、高圧電流のような心霊の圧力に包まれて、立つこともできないほどであった。

 ペンテコステの霊火霊風は、2000年前の出来事に終わったのではない。神はペンテコステの火を、今も繰り返し、送りつつある。

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