「原始福音キリストの幕屋」のホームページです。日本人の心で聖書を読んだ手島郁郎の創刊による月刊誌『生命の光』、聖書の講話、聖霊による回心の証しなどを紹介しています。

幕屋の聖書的意義

 わたしはその所(幕屋)であなたに会い、あなたと語るであろう。また、その所でわたしはイスラエルの人々に会うであろう。幕屋はわたしの栄光によって聖別されるであろう。わたしは会見の幕屋と祭壇とを聖別するであろう。
(出エジプト記29章42~44節)

 「幕屋」という語は、ヘブル語のオヘルオヘル、ギリシア語のスケネー σκηνη の日本語訳で「移動式天幕、テント」のことです。

 「幕屋」の本質は、モーセがシナイ山において密雲漂う中に神と出会って十戒を授けられたとき、神との出会いを持続するために、神がモーセに「自分と民、また汝と出会うために幕屋を作れ」と命じられたことに発祥しております。それで、幕屋のことを、一名「会見の幕屋、出会いの幕屋」とも言いました(出エジプト記29章42~44節、レビ記8~9章)。

 モーセの作った幕屋は、外庭、聖所、至聖所から成っていました。至聖所には、金の香壇と全面金でおおわれた契約の箱とが置かれ、その中には十戒を刻んだ石板が入れてあり、箱の上には栄光に輝くケルビムがあって、贖罪所をおおっていました。それで幕屋のことを、別名、「証しの幕屋」とも呼びました。

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出エジプト後、イスラエルの民が40年の間放浪したシナイの荒野

 神の幕屋こそ、神の住み給う場であり、地上で最も聖なる地点を意味しました。イスラエルの出エジプトの時代から、後代の新約聖書・黙示録の最後に至るまで、この幕屋的礼拝こそは、旧新約聖書を一貫する基本的思潮です。

 イエス・キリストは、「ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」(マタイ伝18章20節)と言われました。キリストの在す所、そこは聖なる場所です。真の神礼拝のなさるべき場所、どこでも聖なる幕屋です。それは建物ではない。特定の場所ではない。キリストの御名によって人の集まる場がエクレシア(召会)です。このキリストの御言こそ、「幕屋」を意味し、新約的なエクレシアの最も良い表現形式です。

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