「原始福音キリストの幕屋」のホームページです。日本人の心で聖書を読んだ手島郁郎の創刊による月刊誌『生命の光』、聖書の講話、聖霊による回心の証しなどを紹介しています。

原始福音とは

原始福音

 2000年前にイエス・キリストが生々しく説いた宗教の道、それを歩いた弟子たちの喜ばしい信仰経験、これを原始福音といいます。原始福音とは、キリストの宗教の真髄にほかなりません。原始福音を無視することは、キリスト教の本質を否定することになり、世に「キリスト教」と称せられても、もはや、それはキリスト教ではありません。

 クリスチャンとは、神の油注がれたる者、神の霊をもっている聖徒という意味です。復活のキリストは、弟子たちにご自分の息を吹きかけて、「聖霊を受けよ。汝らが誰の罪を赦すとも、その罪赦さるべし」と言われました。神の聖なる霊を受けるとき、どんな罪でも赦され、今までどのように不信で弱かった者も、力強いキリストの弟子と一変します。回心という不思議な、偉大な変化が起こってくるからです。

 復活のイエス・キリストが弟子たちに最後に言われた約束は、「聖霊汝らの上に臨むとき、汝ら能力(ちから)を受けん。しかして地の果てまで我が証人とならん」(使徒行伝1章8節)でした。

 この約束はペンテコステの朝に実現しました。その日、弟子たちが祈りに祈っていた時、「突然に嵐のように、火の如きもの舌のように現れ、分かれて各人の上に止まる。彼らみな聖霊にて満たされ、御霊の宣べしむるままに、異なる言にて語りはじむ」(使徒行伝2章2~4節)とあります。これぞ、聖霊のバプテスマ、キリスト教会の誕生日でした。信仰の弱かったペテロも強い使徒となって宣教し、「神は、このイエスを甦らせ給えり、我らは皆その証人なり」と申しました。イエスの復活の証人となること、これが初代教会の宣教の中心課題でした。

 ペテロその他の使徒は、生まれながらの足萎えを「ナザレのイエス・キリストの名によりて立ちて歩め!」と、たちどころに癒やすなど、数多くの不思議な能力を示しました。「かくて使徒たちは大いなる能力をもて、主イエスの復活の証をなし、みな大いなる恩恵(めぐみ)を蒙りたり」(使徒行伝4章33節)とあるように、大いなる恵みは、いつも復活のキリストの信仰から来るのです。「彼らの中には一人の乏しき者もなかりき」とあるように、人々は聖霊に充たされると、霊肉ともに富める者となり、少しも人生の乏しさをかこつ心がありませんでした。聖霊の在すところ、物心両面に繁栄があるからです。

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