白熱した心で生きる 第2回

力あるキリストの宗教

 大ぜいのユダヤ人たちが、そこにイエスのおられるのを知って、押しよせてきた。それはイエスに会うためだけではなく、イエスが死人のなかから、よみがえらせたラザロを見るためでもあった。そこで祭司長たちは、ラザロも殺そうと相談した。それは、ラザロのことで、多くのユダヤ人が彼らを離れ去って、イエスを信じるに至ったからである。

(ヨハネ伝12章9~11節)

 どうして当時の宗教家たち、しかも最高の宗教家である祭司長が、イエスを、またラザロをも殺そうとしたのでしょうか。らい病であったが、イエス・キリストに触れて癒やされたシモン。また、死んで4日も墓の中にいたが、イエスによって生き返ったラザロ。このような不思議な力をもつ宗教が発生したということは、当時の宗教家たちにとっては脅威であったということです。彼らは、自分たちの信じている宗教に対する考え方が、イエス・キリストの力ある宗教によって台なしになると思ったのです。

 事実、続々と群衆がイエス・キリストに従いつつありました。それで、ラザロのような生き証人がいたら困ると、イエスもろともラザロまで殺そうとします。

 ここに、イエスが十字架にかからねばならぬ理由がありました。十字架にかかってもなお、イエスが証ししようとされたのは、死人をも蘇らせる、力ある宗教でした。

神の力を引き出す信仰

 マルコ伝9章には、イエスがてんかんに苦しむ子供を癒やされる場面があります。父親は、「もしできうるならば、救ってください」とイエスに言いましたが、イエスは「もしできれば、と言うのか。信ずる者にはどんなことでもできる」と言われました。父親がすぐ叫んで、「信じます。不信仰な私をお助けください」と言いましたら、たちまち不思議な救いがなされました。

 すなわち、イエスにおいて「信じる」ということは、神の霊的な力に触れ、火花を散らすような経験であり、神の力によって現在の行き詰まった状況が転換することを意味していたのです。これを、どんなときにも忘れてはなりません。

 使徒パウロは、「私は福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、すべて信じる者に、救いを得させる神の力である」とか、「神の国は言葉ではなく、力である」などと言いました。そのように、信じるという心の作用は、神の恵みの力を引き出すことを内容としています。すなわち、「信じる者にはどんなことでもできる」というのが、イエスの宗教です。そして、そのような信仰が人々の心に目覚めさえしたならば、たちまちキリストは不思議な御業をなさいました。

 そのような信仰をもつならば、「日々に奇跡を見させてください」という祈りとなります。「奇跡を求める信仰はよくない」と言う人もいるかもしれないけれど、人の批評はどうでもよい。私は聖書を読むとき、そのような思いが湧いてきます。そして、そのような力強い宗教を人々は求めているのではなかろうかと思うんです。

人々の求めに応えるならば

 日本にこれだけ多くの人間がいるのに、今日、どうしてキリスト教は少数の人の心しかつかむことができないのか。「いや、本当の宗教を信じる者は少数なのだ」などと言っていてよいのか。イエス・キリストの時代には、何千人もの人たちがキリストの話を聞こうと従いました。

 私たちはここで、静かに考え直さなければならないと思います。宗教に力がないというよりも、現在、多くの人々が欲している要求に応えることをしないために、宗教が人々の心をつかまないのではないか。また今、キリスト教が伝えようとしているものと、多くの人が要求し、求めているものとの間に、どうも違いがある。人々が心の深いところで求めているものを与えるならば、喜んで多くの人が宗教に生きるようになるでしょう。

 キリストは、ご自分が地上に来たのは、人々に生命を与え、豊かな生命を与えるためである、と言われた。けれども今、キリスト教は生命のひとかけらも与えてはくれません

 私たちは同じ人間ですから、心の深いところで共通に求めているものがある。キリストは「求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん」と言われた。また、人々がやって来ると、すぐ「汝、何を求めるか。何を願うか」と問われ、その人の願いを確かめられると、「願いのごとく、汝に成れ」と言われるのが常でした。自分の願っていることが成ると信じるならば、そのとおりに成るということでした。イエス・キリストの宗教は、皆を生かし、皆の求めているものを達成せしめてやまないものでした。

 信仰は、神についての説明を信じることではありません。書斎の中で本を読んで、地球と太陽の関係を頭で考えるのと、実際に太陽の恵みを受けて生かされているということとは違います。そのように、私たちが日々神の大きな力、天の光に照らされて生きることが信仰なのです。

(1964年)