我意をはるのでなく、神意に聴き従うために祈ることが大切です。キリストのゲッセマネの祈りのように、たとえ十字架の死であっても、神意に従うことを誓いつつ祈るとき、それが栄光の道であり、勝利の力を与えられます。

(手島郁郎『祈りと瞑想』より)