亡びゆく文明を救う免疫抗体

 私は現代という時代について、この頃の暗い世相を見るにつけ、夜も眠れぬほどあれこれと深く案じます。日本はこのまま行ったらどうなるんだろう、と寒心にたえません。エロ、グロ、テロが横行し、精神的なものは崩れてゆく一方で、このままでは破滅する以外にありません。

 教育をとってみても、戦後、日教組の赤い影響下に育った若者たちが、やがて30代、40代になったらどうなるのか? 暴力学生たちが騒ぐ今の大学紛争1つ見ても、狂気の嵐です。

 人面獣心(にんめんじゅうしん)といおうか、機械文明の末路は、人間の内面性を少しも向上させず、かえって生活の摩擦にあえぎ苦しませる結果となっています。人々は社会の重圧にひしがれ、神に代わって、金銭や物質の力ばかりが幅を利かせ、快楽や、人間の技術力、集団の圧力が崇拝されています。すべてが自己中心の世の中で、いよいよ乱れてゆくばかりです。

 だが、今までの歴史を振り返ってみると、日本にも昔、戦国時代のような乱れた時代、源平時代のような荒れすさんだ時代もありました。しかし、民族精神というものはいつも息吹き返し、何度も立ち直り、立ち直りしてきました。

 中世後期のヨーロッパでペストが幾度か大流行し、ヨーロッパの全人口の3分の1が死んだといいます。しかし、人間の体というものは不思議なもので、病気が蔓延しても、免疫抗体が人間の中にできてくるので、病原菌に対する抵抗性を得て、ペストでも自然に罹(かか)りにくくなります。

 崩壊しゆく現文明に対して、私たち幕屋の信仰は、きっとこの役割を果たすに違いない。腐れ広がる、がんのような文明の中で、幕屋こそ免疫抗体の存在となって時代を救うだろう、と私は確信しています。

 もちろん、私が生きている間はできないにしても、必ずこの群れの中から優れた宗教的人物が出て、1人先頭を歩いてそれを実証するであろう。また、それに続く人々が次々と出てくるだろう。私はこのことに大きな祈りと期待をかけています。

ゼミナールで講義する手島郁郎(1969年 代々木)

(1969年)

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