聖書を講じる手島郁郎(1963年)

聖書を講じる手島郁郎(1963年)

 私は、いろいろな人からキリスト教の信仰を伝えることは困難であると聞きます。そういう人たちに対して、どう指導したらよいのか、これはいつも私の脳裏をかすめる問題です。私は難しいとはちっとも思いません。この違いはどこからくるのか。思い当たることは、信仰という名前は1つだけれども、2つのタイプ、2つの立場の違いがあるということです。

 イエス・キリストは、伝道の初っぱなから「時は満てり、神の国は近づけり、汝ら悔い改めて福音を信ぜよ」(マルコ伝1章15節)と言われた。神の国は近づいている、神の方向に心をひっくり返して神にタッチせよ、ということです。また、「福音信ぜよ」とあるが、原文では「福音の中に信ぜよ」です。このように、神の国の雰囲気をありありと呼吸して生きている者と、離れて遠くから、神の国はどうなんだろう、と言っている者とでは、信仰のタイプが全然違います。

(1963年)