神はキリストにあって、天上で霊のもろもろの祝福をもって、私たちを祝福し、みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあって私たちを選んだ。
(エペソ書1章3、4節)

 使徒パウロの書いた幾つかの手紙の中で、エペソ書は、彼の信仰の最高潮を書いたものです。

 新しい霊的人類の発生こそ、天地創造の時からの進化の方向であります。すなわち、サルの中から人類が生まれたように、人類の中から霊的な人間が生まれるということは、神が宇宙を造りはじめられた時から、定めておられる予定のコースであるというのです。

 人類は、この地球上の生物の中で最高潮に達しているものです。しかしその人類が、いかに罪に苦しんでいることか。そのような罪に苦しんでいる者の中から、「キリスト族」とも称せられるべき、霊のもろもろの祝福を受けるような種族が誕生する。神秘な預言者的な人間こそ、人類の進化の最高潮を示すものであり、その絶頂に達したものがイエス・キリストである。また、イエス・キリストにあやかり、イエス・キリストによって神の子とせられた私たちである。

 キリストの十字架の御血潮、キリストにたぎっていた御霊を注がれて、私たちは罪を赦されるのであります。ただ赦されるだけでない、神は、その恵みをさらに増し加えて、あらゆる知恵と悟りとを私たちに賜ります。このキリストを、全人類が、全被造物が崇める時がやがて来るということを私は申しておるのであります。大和島根においては、私たちがその初穂であります。

(1961年 吉野山新年聖会)