天の調べを奏でる人

会場の外で主題歌をうたう
(右は手島郁郎 1973年・白馬聖会)

 この夏(1973年)、信州の白馬村にて夏期聖会が行なわれますが、私は聖会の主題歌『北アルプスの白馬岳にて』という賛美の歌を、モーツァルトの『春への憧れ』のメロディーに乗せて作りました。

アルプスの嶺 白銀色(ぎんいろ)に
輝きわたり 主を賛めぬ
白馬岳(はくば)は招く 幕屋人らを
東天紅(しののめ)燃えて 御神をほめぬ (1番)

 モーツァルトは、楽聖といわれるベートーベンよりも先に出た人で、ベートーベンもモーツァルトの影響をずいぶん受けています。

 モーツァルトは、子供の時から神童ともてはやされるくらい、音楽の天分を示しました。父親は宮廷のバイオリン弾きでしたが、自分の息子を早く世に紹介したくて、彼が6つの時から、5つ上の姉娘と一緒に、ウィーンに、パリに、ロンドンに、ローマにと、ヨーロッパじゅうの大都市を巡業して連れ回りました。

 子供なのにバイオリンを素晴らしく弾くというので、どこに行っても喝采を受ける。女王様や法王に至るまで、少年モーツァルトの音楽に驚いた。彼がわずか7歳の時、当時14歳のゲーテはモーツァルトの弾くバイオリンを聴いて感動し、「なんという驚くべき子供がいるのだろう」と思った、と後に回想して書いています。

モーツァルト
(ランゲ画)

 そして各地を巡っている間に、どんどん音楽の天分が開け、作曲をするようになった。そして、生涯で600以上作曲しています。この『春への憧れ』は、彼が35歳で死ぬ年に作った歌曲です。

 モーツァルトは生まれながら病弱で、腸チフスに罹(かか)ったり、リューマチや頭痛に悩まされたりしました。11歳の時にはウィーンで天然痘に冒され、3カ月も静養しなければなりませんでした。病気がちな彼は、いつも死というものに怯えながら生きました。

 31歳の時に、父親へ宛てた手紙の中で、「ぼくは(まだ若いけれども)、数年このかた、恐らく明日はこの世にはいまい、と考えずに床に就いたことはありません」と書いています。天才モーツァルトは、子供の時から「死」ということを考えぬ日は1日もなかったほどでした。しかし、そのことが彼を音楽の天才たらしめた秘密です。これは、モーツァルトの伝記作家たちが一様に言っていることです。

 プロテスタント教義学の泰斗であるカール・バルトという神学者もモーツァルトの崇拝者で、「神学の研究に取りかかる前に、私はモーツァルトの曲を聴いていることを告白せねばならない。彼の曲を聴くといつも勇気を与えられ、慰められ、悦ぶことができる」ということを言っております。彼は神学者ですが、彼の神学に欠けたものを、モーツァルトの曲で補おうとしている。もし彼が、ほんとうに神の懐に生きていたら、こういうことは言わなかったろうに、と思います。そこに神学とか宗教哲学、勉学で学んだ信仰の限界があります。

人生の苦しみに打ち勝って

 晩年、モーツァルトは極貧でした。ある時、友人が訪ねてゆきますと、冷たい、火の消えた部屋で夫婦して盛んに踊っている。「どうしたんだ?」と聞くと、「あまりに寒いけれども、薪(まき)を買うお金がないから、夫婦で踊って身体を温めているんだ。だいぶん踊ったから温かくなった。さあ、ようこそいらっしゃい」と言うほど貧乏だったのです。

 12月の寒い夜、彼が35歳の若さで息を引き取ろうとした時、死ぬ前のミサを与えてくれるように、妻が教会に頼みましたが、カトリックの司祭は断りました。彼の信仰は異端とされていたからです。モーツァルトは、当時のキリスト教会の信仰に飽き足りませんでした。

 またある時は、プロテスタントの人々は十字架につけられたまいし「Agnus Dei アグヌス デイ 神の小羊」が、どんなに尊いものであるかわかっていない、と言ったといいます。今も血を流しつつある神の小羊イエス・キリストの尊さを知らない、というのです。

 いつも死ぬような苦しみに遭い、死を目の前にしていたモーツァルトは、十字架上に血を流しているイエス・キリストのお姿の尊さが目に映っていたのでしょう。神の小羊の流しつつある御血を尊ぶ信仰は、キリストが自分の代わりに十字架にかかってくださったから救われた、などという教理を信ずる信仰とは違うんです。

 そして、彼は誰からも顧みられることなく、妻、その他数人に看取られて逝きました。貧しく、はかなく死んでゆきました。

 彼は死の3カ月前、友人に宛てた手紙の中にこう書いております、「休息するよりも作曲しているほうが疲れないので、ずっと書きつづけています。自分の終わりの鐘が鳴っているのだと、ふとしたことに感じます。今や息も絶え絶えです。自分の才能を楽しむ前に死んでしまうのです。ぼくの門出は華々しい前途を約束するものでした! だが、自分の運命を変えるわけにはゆきません。何事も神の摂理のまま行なわれるでしょう」と。

 人生、苦しみがあるということは、決して不幸なことではありません。外側だけを見る人は、「あれはバチ当たりだから、あんな不幸に遭うのだ」と言うかもしれません。しかし、神様はその人の魂を愛し、内面を豊かにしようとして、普通でない方法をお取りになることがあります。

死の暗闇も超える力

 モーツァルトの生涯を見ると、なんと気の毒だったろうか。子供の時から親に連れられて、旅から旅への生活。親は名誉欲で早く子供を有名にしようとする。またそれだけの天分をもっていましたが、やはり子供ですから堪えられなかった。至るところで好評を博してお金が入るが、彼は必ず病気して、医者通いをしています。入った金も結局、演奏旅行から帰った時は何も残らない。こういう生活がずっと続きます。けれども、人生の底を深く見つめることによって、数々の明るい曲が湧き出してくるということは、驚きではないでしょうか。

 モーツァルトの畢生のオペラ『魔笛(まてき)』の中に、「音楽の力で、私たちは死の暗闇の中も楽しく進んでゆく」という台詞があります。ここに、彼の心が表れているように思います。私はこれにヒントを得て、聖会の主題歌の歌詞を考えました。

宵空冴ゆる 星影に 山のこだまが 夢ゆする
峯々つづく 尾根伝いも 主により添いて 歌いつ進まん (4番)

荒々しい峰が続く白馬連山

 長野県の白馬連山は、険しい峰が続いています。そして、風が吹きだすと飛ばされそうになって、歩くことすらできません。そのような中、切り立った尾根伝いに行くのは恐ろしいことです。だが、「主により添いて 歌いつ進まん」。これは、音楽の力で死の闇を歌いながら進んでゆこう、という気持ちを汲んだのです。

(1973年)

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