今日はヨハネ伝8章の「罪の女」の記事を読みます。この箇所ほど、イエス・キリストの愛、神の愛のご性格を描き出している場面はありません。一般に、7章の最後から8章11節までは、元はルカ伝の中にあった、と聖書学者は考えております。しかし、イエス様があまりに姦淫(かんいん)の女に寛容なので、風紀上、ルカ伝から省かれたのでしょう。それをヨハネ伝の編者が捨ておけず、拾い上げてこの箇所に付加したのだと思われます。

 イエスはオリブ山に行かれた。朝早くまた宮にはいられると、人々が皆みもとに集まってきたので、イエスはすわって彼らを教えておられた。
(ヨハネ伝8章1~2節)

 イエスはオリブ山に行かれました。祈るために行かれたのでしょう。夜を徹して草っ原で、また岩の上でお過ごしになったと思われます。そして神殿では、朝早く人々が御許に集まってきたので、イエスは座って彼らを教えておられた、というのです。「朝早く」とありますが、よほど信仰的な人でないと朝早くから来ませんよ。イエス様は、さぞお嬉しかっただろうと思います。キリストの新しい民の芽生えが、こういうところに見えております。

罪の女が引き出されて

キリストと姦淫の女(レンブラント画)

 すると、律法学者たちやパリサイ人たちが、姦淫をしている時につかまえられた女をひっぱってきて、中に立たせた上、イエスに言った、「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました。モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」。彼らがそう言ったのは、イエスをためして、訴える口実を得るためであった。
(ヨハネ伝8章3~6節)

 すると、その聖なる集いの場に、律法学者やパリサイ人たちが来た。イエスを何とか陥れて、殺そうとする者たちです。何か言いがかりをつけなければ殺せませんから、姦淫をしている時に捕らえられた女を連れてきて、真ん中に立たせてイエスにこんな質問をしたのです。

 朝早くですから、現行犯で捕らえられた。たぶん未婚で許婚(いいなずけ)のある女だったのでしょう。その女が不倫なことを他の男としていた。モーセの律法によれば、女が既婚でしたら男女とも死罪に定められます(レビ記20章10節)。許婚のいる未婚の娘の場合は、自分の貞操を大事に守るということが当時の性道徳でしたので、石打ちで殺されました。そのように純潔を尊んだ時代が、2000年前でした。

 男女の性関係が乱れる時に、その民族社会はやがて滅びます。これは5000年の世界史の事実、民族興亡の跡に見られるとおりです。

 日本は戦後、すっかり性道徳が乱れています。これでは文明が進んでいるのか、退歩しているのかわからないと思います。こんな日本のような文明が、いい文明だとは思わないですね。ラジオを聴いても、テレビを観ても、ろくなものはやっておりません。

(1973年)

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