イエス・キリストは、何か特別な教育を受けた宗教家ではないのに、不思議な霊的権威をもっておられた。それは、神に聞き、神の御心に従っていたからであるということを前回学びました。

真実を叫んだワルドー派の人々

 先ほど、スイスに行かれた方からお話がありました。「アルプスの山の彼方に、今も2万人のワルドー派のクリスチャンが生活している。数百年の間、迫害に耐えてなお信仰を続けているが、あなたがたそっくりの群れだ」と。ワルドー派とは、今から800年ほど前、真の聖書の宗教に立ち帰ろうとした人々です。12世紀のフランスのリヨンに、ピーター・ワルドーという商人がおりました。ある時、吟遊詩人の歌う古(いにしえ)の聖者の物語と、宗教の師より教えられた「完全になりたいと思うならば、もてる物一切を捨てて我に従え」というキリストの言葉が、彼の胸を打ちました。そして、すべてを捧げて伝道活動に入った。


ワルドー派の人々が隠れ住んだ
アルプス山脈南西部の谷(1895年)

 宗教的には暗黒時代ともいえるカトリックの全盛期に、一般の信者が伝道をするということはほとんど不可能です。しかし、彼がじっとしておれずに、聖書を自分たちの言語で読み、初代教会の信仰を求めて叫びだしますと、宗教的に窒息しそうな教会の状況に耐えかねた人たちが集まってきて、だんだんと勢力を増してきました。勢力を増すとローマ法王庁は、彼らを目の敵にして弾圧し、幾万の人たちが長い年月にわたって死んでゆきました。

 しかし、なかなか根絶できないと見ると、ローマ法王庁は融和策をとったりしました。それでもなお、純真な信仰をもつ人々は山の彼方に隠れて、今もただ聖書を読み、神を信じて生きているといいます。

 ワルドーは、新しく神の生命に回心することが救いであって、儀式によっては救われない、ということを叫びました。このことは、現代の私たちにとっても大きな教訓だと思います。

 今、宗教が振るわなければ日本人の精神が甦ることはありませんのに、宗教がすっかり安易に流れて形式的になってしまっている。このような時「職業的坊主や牧師どもは何するものぞ」といって、ワルドー派のような運動が起きてこなければいけない。宗教が職業化すると腐敗します。

 職業化した宗教家によっては、宗教の覚醒ということは起きません。今週末、全国の幕屋から平信徒の諸兄が静岡県の奥山半僧坊に集うけれど、私はそのことを訴えたい。平信徒の中からほんとうに回心した人たちが立ち上がって、宗教はいつも革新されてゆきます。

 西洋にも私たちと同様に、初代教会の福音を目指す先駆者たちがあったことは、私たちが原始福音運動というものを独りよがりでやっているのではないという実証として、模範にしたいと思います。どうか、さまざまな中傷、迫害があっても、黙って笑って忍んでゆきたいと思います。

(1973年)

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