イエス・キリストは、荒野で5000人の人々を養う奇跡を行なわれました。ヨハネ伝はその霊的な意義を深く掘り下げて教えています。そしてイエスがユダヤ人と論ずる中で、「わたしは天から下ったパンである」と言われたため、さらに議論が続きました。イエスは答えて言われました。

 「神から出た者のほかに、だれかが父を見たのではない。その者だけが父を見たのである。よくよくあなたがたに言っておく。信じる者には永遠の命がある。わたしは命のパンである。あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死んでしまった。しかし、天から下ってきたパンを食べる人は、決して死ぬことはない。わたしは天から下ってきた生きたパンである。それを食べる者は、いつまでも生きるであろう。わたしが与えるパンは、世の命のために与えるわたしの肉である」
 そこで、ユダヤ人らが互いに論じて言った、「この人はどうして、自分の肉をわたしたちに与えて食べさせることができようか」
(ヨハネ伝6章46~52節)

 当時のユダヤ人たちにとって、ここで語られたイエス・キリストの教えがあまりに極端であるので話が通ぜず、自分たちは人喰い人種ではあるまいし、人間を食べたりできるものか、と論じ合いました。しかし、イエスは妥協なさらずに、この後も「人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に生命はないぞ」と言ってやみませんでした。

 イエスは、「あなたがたの祖先は、モーセによって千数百年前にエジプトの奴隷だった身分から脱出してきたが、シナイの砂漠で飢えそうになった時に、天から降るマナを食べて命をつないだ。実にそれは奇跡であった。だが、それを食べても結局は死んだではないか。しかし、わたしが与えるパンは、決して死ぬことを見ない永遠の生命の基(もと)である。これを食べてほしい」ということを言おうとされる。でもユダヤ人たちには、なかなかわかりませんでした。

(1973年)

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