「原始福音キリストの幕屋」のホームページです。日本人の心で聖書を読んだ手島郁郎の創刊による月刊誌『生命の光』、聖書の講話、聖霊による回心の証しなどを紹介しています。

マタイ伝5章講話:完全の福音

手島 郁郎

 山上の垂訓のこの冒頭の部分は、原文では一つの詩のように書かれてあります。山上において、イエス・キリストがまず口を開いて言われた言葉は、

「心の貧しい人たちは幸いである。天国は彼らのものである」

です(マタイ伝5章3節・口語訳)。しかしこの訳は大きな間違いです。原文は語順が違います。原文はまず「マカリオイ μακαριοι 」という言葉で始まっております。

 「マカリオイ μακαριοι 」は「幸い」ではありません。「祝福されたる」という意味です。キリストはまず、「祝福せられたる者よ」と詩のように感嘆的に言われたのであって、「心の貧しい人たちは幸いである」と説明的に言われたのではありません。

 「祝福される」ということは、だれか祝福する者がいなければなりません。過去から現在まで、だれかから祝福されている。だれからかと言いますと、神からです。ですから「マカリオイ」は、ただ「自分はうれしい」「ハッピーだ、ラッキーだ」という意味ではない。祝福する神がなければ、祝福されない。イエスの母マリヤは、ガブリエル天使から「祝福せられたる女よ」と言ってまず祝福されました。大事なことは祝福されるということです。

 イエス・キリストはこの山で、「祝福せられたる者よ! 祝福せられたる者よ!」と何度も繰り返して言われました。皆の耳にはこの言葉がガンガン鳴るように、詩のごとくに響いたでしょう。それで、今なおこの山は「祝福の山 Mount of Beatitudes」と呼ばれております。

 私は昔から「祝福」よりも、むしろ「恵福」という言葉を使います。「祝福を恵まれた」という意味です。この言葉は一般にはあまり使われませんけれども、この語が μακαριοισ の一番の適訳だと思っております。ただ「運が良かった」ということではない、これは「神に恵まれた幸せ」を言うのです。

(1966年)

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