―― 一般的に日本では、キリスト教は先祖を大事にしないんじゃないかという誤解があると思います。その原因の一つは、たとえば外国から来た宣教師が、「神棚を取り外せ。仏壇を捨てよ。それは偶像礼拝だ」と、教えたりすることにあります。しかし、日本人が昔から持っている、先祖を崇敬する心は尊いものであると思います。これは何も先祖を神として礼拝の対象にしているわけではなくて、父祖たちに感謝し、その人たちが生きていた時のように、心の交わりをしているんですね。

 けれども、先のような誤解があって、キリストの信仰を持とうとするときに、具体的にいろいろな戸惑いがあるのではないでしょうか。

 それで今日は、先祖の方々や亡くなった人を真の意味で供養し、また記念するとはどういうことか、ご意見を聞かせてください。

(1993年)