土田 能裕
(『生命の光』編集長)

その瞳は燃ゆる炎のように
その御顔は太陽のように
強く照り輝き
厳かにひびくみ声は神さびて
あぁ、今も私たちの胸を震わせる……

 阿蘇の荒野に神の召命を受けてより25年、その燃ゆる魂を神に捧げて、原始福音を叫ばれた手島郁郎先生は、1973年12月25日、クリスマスの夜明けに、永遠の御国に帰られました。幕屋の父、私たちの信仰の師、手島先生の突然のご逝去に、ただ呆然として語るべき言葉も見出せません。

 私は7年半の間、聖書塾事務局で、先生のお側にあり、その一挙手一投足を目の当たりに見てきた者ですので、先生について語るべきことの何と数限りなくあることでしょうか。

 青木一男先生(国会議員)は「遺賢(いけん)、野(や)にあり」と言って、生涯の最高の師として、手島先生を見出され尊敬されましたが、まことに無名にして高名なる師、神の預言者でありました。先生の多彩なご人格、その広範な伝道活動、著述活動、弟子教育、日常生活に及ぶならば、幾千幾百人の証言をもっても描き語り尽くすことはできないでしょう。

 特に1973年9月の奥山半僧坊での牧者ゼミナール以来、ご召天までの約2カ月、先生がいかに激しい闘魂をもって、キリストの火に赤々と燃えて生きぬかれたか、その足跡は私の魂から消えることはありません。

(1977年)