手島 千代子

 私は『生命の光』の発行人ということになっております(1998年時)。けれども、私が獅子奮迅(ししふんじん)の働きをして、この月刊誌を出しているわけではございません。幸い、信仰をもって、2つのJ(日本とキリスト)のために生きようとしている者たちがおりまして、この『生命の光』を何とか充実したものにしたいと願いつつ、毎月産みの苦しみをして刊行しているわけでございます。

  現在、『生命の光』は554号になっておりますが、元々は手島先生が――私は手島の家内ですけれども、弟子でございますので、「先生」と呼ばせていただきます――50年前の伝道の最初から『生命の光』を出しておりました。最初は300~400冊という発行部数でしたから、先生と私の2人で宛名を書いて各地の読者の方々にお送りしました。そういうところから始まったのです。

 25年前(1973年)、先生の召天の後、私どもの中で『生命の光』を存続させるかどうかが問題となりました。いわゆる無教会的な考え方としましては、主筆が亡くなると、その人の雑誌は廃刊になるというのです。けれども、ある俳句をなさる方が、「手島郁郎創刊」として出したらよい、とご進言くださいまして、先生亡き後も、今日までの25年間、こうして出しつづけてくることができました。

(1998年)