田中 淑子(よしこ)

 私は26歳の時、福岡県の国立結核病院で事務の仕事をしていました。ある日、一人の青年が結核で入院してきました。玄関の前で荷物をたくさん持ってうろうろしていたので、病室まで案内しました。

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 そのことが嬉しかったらしく、次の日、その人が私のいる事務所に、一冊の『生命の光』を持って来られたんです、これを読んでください、と。重症の結核なのに、不思議な光を放っていたので惹かれましたね。その人は、熱心にキリストに導いてくれました。 この青年は半年くらいの短い入院生活でしたが、この病院で10人くらいの人を信仰に導き、29歳の若さで召天されました。この人との出会いがなかったら、今の私の喜びはないと思います。

 私は、『生命の光』の中身をちょっと読んだだけで、手島郁郎先生という、このような方が現代におられるのか、と思ってびっくりしました。何か惹かれるようにして、間もなく熊本幕屋に行ってしまいました。国家公務員で高給取りでしたが、もうそんなものには魅力を感じなくなり、パッと病院を辞めて信仰を学ぶことになりました。 それから50年近く、人生の辛いところも通りましたが、神様が私を手放すことなく、変わることなく愛してくださいました。

(2014年)